第5話 一緒にいたい

 私……綾音は、学校のトイレの個室に入った。

「どうしよう……。」

 私はその場で腰を下ろした。

「何でおじさんも私のこと見えるようになったの?話が違うよ……。」

 そこで私ははっとなった。

「まさか……もう、終わりってこと?」


 勇気くんと関わりのある人が、あなたのこと見えるようになって一週間が経ったら、本当のことを話す時よ。


 私が勇気くんに会う前に、母親に言われた言葉。

「嫌だよ、まだ勇気くんと一緒にいたいよ。」

 自然と涙があふれ出す。

「綾音ー!」

 外から勇気くんの声が聞こえた。

 私はあふれ出す涙を無理矢理拭って、トイレの個室を出た。

 最後に鏡に映る泣きそうな自分に向かって笑いかけた。

 それでもまだ、悲しかった。


 僕……勇気は、学校のトイレ付近で綾音を探していた。

「綾音ー!」

 しばらくすると、女子トイレから綾音が出てきた。

「どうしたんだ?大丈夫か?」

 綾音は、いつもと変わらず笑っていた。

「うん、全然大丈夫!あれ?おじさんは?」

「ああ、用事があるらしいから、もう帰ったよ。」

「そっか。」

 綾音は僕の手を取り、歩き出した。

「それじゃあ、私たちも帰ろっか。」

「ああ。」

 なんとなく、綾音の手が冷たく感じた。

 学校を出ると、空はオレンジ色に染まりかけていた。

「ねえ、勇気くん。」

 僕と綾音は手を繋いで、並んで歩いた。

「何だ?」

「何で、おじさんも私のこと見えてたんだろうね。」

 そう言うと、綾音は僕の手を離して前に立った。

「さ、さあ……。何でだろうな。あ、来週はどこに行く?」

 綾音はうつむいた。

「来週は、話したいことがあるの。」

「え?話したいことって?」

 綾音は満面の笑みをうかべた。

「教えなーい!」

 そのまま僕の手首をつかんで走り出した。

「ちょ、ちょっと綾音、待った、待った!」

「早く帰らないとコチョウラン枯れるでしょ!走って、走って!」

 僕は綾音に引きずられながら、家へ帰った。


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