第62話 ラグナロク~終局~
沙霧は――フリュムはその姿に戦慄する。
大地を、人を、神すらも焼き尽くさんとする業火の剣。
何人たりとも近づくことを許さない炎の身体。
かつては【ラグナロク】で共に戦い、神族に絶対的な恐怖と絶望を、そして神々に終焉をもたらした黒き者――スルトそのものなのだから。
獣のような叫び声を上げながら、犬飼は突撃してくる。
揺らめく炎が、グラウンドの周囲にある木々をいとも容易く灰に変えていく。
「出でよ、【エインフェリア】たちよ!」
土の中から現れた元祖【エインフェリア】たちは、犬飼の姿を見て声にならない悲鳴を上げる。
死ぬことを誉れとするヴァイキングたちですら、その恐怖は魂にまで刻まれていた。
フリュムは神器の力で操り、無理矢理突撃させる。
だが、触れるどころか近づくことすらままならず、あっという間に炭になって地面へと還っていった。
「来たれ、【ナグルファル】よ!!」
崩れたままの大船を呼び寄せ、犬飼にそのまま突進させる。
しかし、業火の剣が軽く振られただけで船体は真っ二つになって焼け落ち、ただの消し炭となってしまう。
犬飼は業火の剣を、フリュムに向かって振り下ろす。
それに対し、フリュムは五十体以上の元祖【エインフェリア】たちを呼び寄せて周囲を固める。
だが、実態無き業火の剣を止めることは出来ず、巨大なパドルごとフリュムの右腕を焼き切った。
「神々を終焉に導いた炎が、たった一人を守るために私を焼き尽くすというのか……!?」
犬飼はフリュムであり、沙霧であり、裏切り者でもある男に向けて、業火の剣を高く掲げる。
そして――。
「犬飼 剣梧よ、どうかそこで踏み留まって欲しい。魂の選定者として、先生として……最後のけじめを付けさせて欲しい」
寸での所で割って入ったヴァル先生が、悲しい顔で懇願するように言った。
「ヴァル……先生……!? グッ……! グァァッ……!!」
犬飼は辛うじて理性を取り戻し、ギリギリの所で踏み留まる。
しかし、業火の剣はまるで生きているようにうごめき、本人の意思とは無関係に二人ごと切り裂こうとしてくる。
必死にそれを手放そうとするが、柄が手に絡みつき、離れようとしない。
まるで、全てを焼き尽くすまで終わらないと言っているようだった。
「ダメだ……! 僕にはもう……どうにも出来ない……! 僕を……止めてくれ……!!」
手から腕へ、腕から身体へと支配権を奪われていくのを感じていた。
犬飼は一際大きく吠え、そして――。
「全く、ダメ犬なんだから。最後の最後まで決めシーンに失敗するのね」
「犬飼さん、ちょっと痛いですけどガマンして下さいね」
「今までの積年の恨みを晴らすときが来たようだな……死ねぇ、犬飼!」
綺花のサクイカズチで全身が痺れ、犬飼の動きが止まると同時に手から剣が離れていく。
葉月は『氷のルーン』で犬飼にまとわりついた炎を消し、最後に大道寺が鮮やかに手足と身体を縛り付けていった。
ようやく正気を取り戻した犬飼は、あられもない自分の姿を見てポツリと呟く。
「……あのさ、止めてくれたのは有り難いんだけど……ここまでする必要はあったの……?」
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