第63話 先生と生徒


 どうしてもやらなければならないことがあると、ヴァル先生は沙霧の姿をしたフリュムを連れて学校の中へと入っていった。


 僕を含めた全員が満身創痍で、その場にぶっ倒れて寝たい気持ちだったけど、まさかの事態に備えてヴァル先生の後を追って入っていく。

 それに……最後まで見守らなきゃと思った。


 向かった先は、僕がヴァル先生と初めて出会った教室だった。

 思えば、あの日以来ここには足を踏み入れてなかったな。


 教室内はガランとしており、あの日に並べてあった【流るる神々】も、体育用のマットもなかった。

 ただ中央に、イスがぽつんと置いてあるだけだ。


 ヴァル先生が座るように促すと、フリュムは小さく頷いただけで、抵抗もせず、何も言わないままそのイスに腰掛けた。


「一つだけ聞かせてちょうだい。今の貴方は、沙霧 真の姿をしたフリュムなの? それとも、フリュムそのものなの?」

「……分からない。恐らくだが、今はそのどちらでもなくなっているのだろう。完全に乗っ取ったつもりだったが、いつしか精神が混ざり合い、私が神なのか人間なのか分からなくなった。さしずめ、『沙霧 フリュム』と言ったところだろうか……」


 そう言って『沙霧 フリュム』は、自嘲するように笑った。


「そう……分かったわ。貴方に下す罰は、【エインフェリア】としての資格を剥奪、及び現世への強制送還よ」


 ヴァル先生は、今までに聞いたことがないほど冷たい声でそう言い放った。


「現世への強制送還……? それって……いったいどうなるんだ……?」


 僕は真衣を庇って車に轢かれた後、この島に呼ばれた。

 多分だけど、他の三人も似たようなシチュエーションでここに来たんだろう。


 ヴァル先生はいつか言っていた。

 端的に言えば既に死んでいる、と。

 つまり、現世に戻るということは……。


「……正直に言えば、私にも何が起こるか分からないわ。この島に来てから、私は一度もここを出たことがないから。けれど……そうしなければならないのよ。それがヴァルキリーとしての役目であり、ここの……先生としての役割だから」


 ヴァル先生はイスに座っている沙霧に手をかざす。

 すると、光の粒子のようなものが沙霧の身体から抜けていく。

 もしかして……これがエーテルなのか?


「……なぁ、何か言うことはないのか? これが……最後なんだぞ?」


 僕は、沙霧に向かってそう問いかけた。

 絶対に言うことがあるハズだ。

 言わなければ……何も終わらないハズだ。


 沙霧は……黙ったまま何も言わなかった。

 うつむき、目も合わせようとせず、このまま終わって欲しいと願っているように見える。


「……何がお前をそこまで追い詰めたのか、僕には最後まで分からなかった。けど、一人一人が主人公だとか、脇役でも輝けるだとか、そんな安っぽい説教をするつもりもないよ。ただ……恩師を裏切って、仲間を裏切って、それでやっと辿り着ける理想郷なんかに僕は行きたくない。そこはきっと、主人公も脇役も居ない、何の価値もない【ヴァルハラ】だから。もっと違う方法を考えて、仲間に、ヴァル先生に相談して、もっと良い方法を考えてもらって、そうすれば……いや、そうした方が良いのに……なんで、なんでお前はそれが出来なかったんだよ……!?」


 僕は、いつの間にか泣き崩れていた。

 どうしてか分からない。

 ただただ、悲しかった。


「人も神様も、独りきりじゃ何も出来ないんだよ……」


 ヴァル先生の『先生』も言っていた言葉だ。


 僕も、一人だけで大丈夫だと思っていたことがあった。

 けれど、真衣が一生懸命声をかけてくれたから僕は立ち直れた。

 あのまま一人だったら……きっと僕は潰れていただろう。


 結局僕らは、一人じゃとても弱い。

 この島に――この猫沖島に来てからは、その想いがより一層強くなっていった。


 悩みを打ち明けることで、僕らの絆は強くなっていった。

 毎日楽しく笑い合うことで、僕らは辛いことにも耐えられるようになった。


 仲間が居たから、僕は前に進めた。

 仲間が居たから、僕はここまで来られた。


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