第55話 ラグナロク~感情の束縛~
「<水神(すいじん)エーギル>様、穂乃華が水の乙女たちと遊ぶことをお許し下さい。【コールガ(激しい水流)】ちゃん、水鉄砲発射!」
いつの間にか赤黒い甲冑を脱いでいた、ゆるふわ系の髪をしたおっとり顔の女子――水詩 穂乃華は、水しぶきがそのまま固まったような水晶に向かって間延びした声で祈りを捧げる。
すると、水晶から球体状の水が勢い良く放たれ、かなりの距離があるにも関わらず黒いボールを的確に捕らえ、明後日の方向へと流していった。
「ごめんねー。でも、アズちゃんは一対一の決闘が大好きだから、ジャマしないであげてよ」
「……分かりました。では、貴方を片付けてからにします!」
葉月は三つの黒いボールに火のルーンを刻み込み、穂乃華に向かって投げつける。
穂乃華は同じ呪文を唱えて一つを撃ち落とすが、予想通り連射は出来ないようで、他の二つが頭上にまで迫っていた。
しかし――。
「【ウールヴヘジン】さん、ガードよろしくねー」
青い甲冑たちが立ちはだかり、全身を使って爆炎から穂乃華を守った。
「ありがとー、【ウールヴヘジン】さん。次も穂乃華を守ってくれると嬉しいなー」
穂乃華の甘えるような声に、青い甲冑たちは任せとけと言わんばかりに頷く。
「……ゆるふわ系の顔なのに、やってることは全然緩くないですね……」
この草原地帯に集中して落ちてきたのは、偶然ではなく、穂乃華の盾として集まってきたのかも知れない。
まるでお姫様を守る兵士たちのようだ。
「この……いい加減にしなさいよ! 犬飼の予想通りなら、実はアンタたちは裏切ってなくて、沙霧だけが裏切ってたんでしょ!? 全く、いつまで操り人形になってるつもりなの!? 根性出して自分を取り戻しなさいよ!!」
綺花による、無茶苦茶な根性論の説得。
だが、そのストレートな言葉だからこそ効果があったのか、梓と穂乃華は攻撃の手を止め、苦しげな顔でうつむく。
呪縛から解き放たれるために、自分自身と戦っているのだろう。
そう、思っていた。
「……あぁ、そうだな。あの時裏切ったのは、アタシたちじゃない。だけどな、それはもう関係ねぇんだよ。だってアタシたちは――」
◇----------◇
大道寺は両腕を高く掲げ、<軍神スレイプニル>ことヒモを左右に広げてピンッと張る。
振り下ろされた黄金の剣を眼前で受け止め、それと同時にヒモを巻き付ける。
「その羨ましいモンは没収だ!」
まるで背負い投げのように勢い良く引っ張り、それを後方に投げ飛ばす。
剣は『運良く』近くの樹に刺さり、善治郎の無力化に成功する。
「うわっつ、オレの剣が!?」
善治郎の視線は剣を追いかけ、無意識の内に手を伸ばす。
大道寺はそれをかいくぐるように背後に回り、今度は首にヒモを巻き付ける。
遠くなら拾いに行くことをためらうだろう。
だが、近ければ近いほど反射的に武器を取ろうとしてしまう。
それが唯一の攻撃手段であるのなら尚更だ。
大道寺はヒモを引き締めながら、剣から遠ざけるように真逆の方向に向かって走り出す。
だが、突然現れた黄金の兜――それは首までカバーしているアーメット型だった――によってヒモが遮られ、首まで届くことはなかった。
善治郎は兜を残したままするりと抜け、慌てた様子で剣を引っこ抜く。
「ふひゅー……! あぶねーあぶねー! いやー、ポロリ寸前だったわ。全然嬉しくない方の。しっかし、クモみたいに罠を張るヤツとは戦ったことがあるが、近接タイプのヒモ使いは初めてだわ。まるで暗殺家業の仕事人だな」
善治郎は疲れたようなため息をはきながら、剣で肩をトントンと叩く。
言葉や行動とは裏腹に、余裕を感じられた。
「江戸時代といえば緊縛ブームの最絶頂だからな。どんなプレイにも対応出来るように勉強したんだぜ」
「なるほど、そりゃ確かに必要だ……って、嘘付け!」
戦いの最中だというのに、敵ながら良いノリツッコミだ。
しかし、大道寺の言うことは半分嘘で、半分本当だ。
前にヴァル先生から直接これの使い方を教わったが、それは空の飛び方や能力についてであり、逆に改めて攻撃能力が皆無であることを思い知らされる形となった。
だから大道寺は、ヒモの歴史や格闘術についての文献を図書室で読み漁り、時には『ごほうびポイント』でわざわざ取り寄せも行ってこっそり研究を重ねていた。
そうして辿り着いた戦闘スタイルが、捕手術(とりてじゅつ)の一つである、江戸時代に主流だった捕縄術(ほじょうじゅつ)を基礎としたものだ。
今でいう逮捕術の元祖であり、相手を制圧、拘束することによって無力化するのが目的の武術だ。
これならば……いや、大道寺にとってこれだけが、このヒモに攻撃能力が無くても戦える唯一の手段でもあった。
「……なぁ、小悪魔系女子ならともかく、BL系男子に操られてるってのは気色悪くないか? ほんのちょっとだけ大人しくしていれば、このヒモで快感エクスタシーのまま逝かせてやるぜ?」
このまま戦っても良かったが、実は裏切っていないと分かっているだけに、勝ったとしても後味が悪い。
説得が通じるなら、それで終わりにしたい。
善治郎はばつが悪そうに、剣の柄で頭をゴリゴリと掻く。
「オレもそう思っていたんだけどな……。アイツのことを考えると、そうもいかなくなっちまったんだよ。オレらの関係はシンプルだったハズなのに、いつからこんな複雑になっちまったんだろうなぁ……? こんがらがったヒモみたいに、誰も解けなくなっちまったよ……」
善治郎の口ぶりに、大道寺は違和感を覚えていた。
これでは……これではまるで――。
「オレが目指した【ヴァルハラ】は、男がオレだけの孤島ハーレムだったが、まさか暑苦しくて汗臭い、男の友情を取るなんて思いもしなかったよ。これも、英雄としての運命なのかもな」
善治郎はクルクルと回していた黄金の剣を、まるで決意表明するように真っ直ぐ大道寺に向けた。
その言葉とその行動で、ハッキリと分かった。
犬飼の予想は、半分当たりで、半分ハズレだったと。
裏切ったのは、沙霧ただ一人。
だが、今こうして戦っているのは……間違いなく彼らの意思だ。
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