第54話 ラグナロク~雷神と悪神~


 西にある古民家の影に隠れながら、二人は敵の本陣と化している草原地帯にこっそり近づいていく。


 これだけの数を相手にするには、奇襲しかない。

 あちらが気づく前に葉月が爆炎で面制圧を行い、綺花が煙に紛れて点を潰していく。

 もし囲まれそうになったらすぐに撤退し、また同じことを繰り返す。

 二人の個性を生かした作戦は、シンプルながらも効果的だろう。


「……ん? うわっ、何アレ!?」


 いざそれを実行しようとした時、一体の赤黒い甲冑がこちらに向かって猛スピードで突進してくる。

 重たい甲冑を着ているとは思えない速度で、走るというよりはまるで滑っているような軽い足取りだ。


「気づかれたみたいですね……! でも、たった一体で来るなんて……!?」


 予想外の襲来に、葉月は慌てて<戯神ロキ>を進路上に投げつけ、火のルーンを発動させて爆炎をお見舞いする。

 すると、赤黒い甲冑がポロポロと剥ぎ取れていき、中から現れたのは金髪のポニーテールに切れ長の目をした女子――梓 弓美だった。


「決着を付けたいなら、真っ正面からかかって来な!」


 あっという間に距離を詰めてきた梓は、綺花に右ストレートを放つ。

 綺花はとっさに左膝で受け止め、後退しながらもあごを狙って右足でつま先蹴りを返す。

 しかし、梓もまたクロスガードでそれを防御する。

 だが、勢いは殺しきれず梓は宙を舞う。


 チャンスだと思った二人は、追撃を行おうと構える。

 しかし、梓の手には朱色の弓と、おびただしい数の矢が装填されていた。


「げげっ!? ヤバッ……!!」


 いち早く危険を察知した綺花は、葉月を肩に担ぎ、その場から緊急脱出する。


「串刺しにしてやれ、<狩神(かりがみ)ウル>! ショットガン・アロー!」


 ありったけの力と、ありったけの矢を放つ。

 命中率などお構いなしで、ほとんどデタラメに放っていた。


 今の綺花なら弾丸をも回避する自信があるが、無数に、無造作にバラまかれた矢の軌道は全く読むことが出来ず、体中のあちこちを擦っていく。


「くっ……! これはちょっとキツいかも……!」


 綺花は思わず弱音をこぼした。

 何とか矢の雨が止むまでしのげたが、これを連発されたら回避し続ける自信はない。


「逃がすかよっ!!」


 梓は滑るように距離を詰め、再び右ストレートを放つ――フリをして、綺花の左袖を掴んでくる。


 まさかのフェイントに反応が遅れたが、綺花は半ば反射的に脇腹を狙ったカウンターキックを打つ。

 だが、梓は掴んだ袖を引き寄せ、綺花の体勢を崩す。

 腰の入っていないキックは簡単に防がれ、しかも梓はその足をも掴み、力任せに後ろへと倒そうとしてくる。

 恐らく、マウントポジションを取ろうとしているのだろう。


「この……そっちがその気ならっ!!」


 綺花は負けじともう片方の足を上げ、梓の身体を挟み込む。

 上体を回すような勢いで捻り、変形フランケンシュタイナーの要領で地面に頭を突き刺そうとする。

 だが、すぐにそれを察知した梓は掴んでいた両手を離し、綺花のカニばさみを強引にこじ開けて逃げ出す。


 一瞬たりとも気の抜けない攻守交代劇は、何とか引き分けに終わった。

 お互い距離を取り、呼吸を整え直す。


 まるで空手と柔道を足したような戦い方だ。

 恐らく独自のケンカスタイルなのだろう。

 日本拳法や、シュートボクシングに近いのかも知れない。


 だがそれよりも綺花が気になったのは――。


「ちょっと!? なんで弓使いが接近戦を挑んでくるのよ!? フツー遠距離からペチペチやるもんでしょうが!!」

「あぁっ? 別にいーじゃねぇか。チマチマやんのは性に合わねぇし、第一どれだけ狙っても的に当たった試しがねぇしな」


 ノーコンなのに弓使いとは、とんだミスマッチだ。

 どうして接近系の武器を選ばなかったのか問い質したくなる。


 だが、そのミスマッチさが逆にスキのない強さを生んでいるのも事実だ。

 ただの弓使いなら、接近戦に持ち込めさえすれば簡単に勝てる。

 しかし、梓にはそれがない。


 接近すれば組み付かれ、離れればデタラメな矢の雨を降らせてくる。

 綺花にとって、非常に相性の悪いタイプだ。


「それに……接近戦の方が決闘らしいじゃねーか!」


 先に呼吸を整え終えた梓が、まるでスキーのように滑って距離を詰めてくる。

 恐らくこれも<狩神ウル>の力の一つなのだろう。


「綺花! 梓から離れててください!」


 さっきまでは近すぎて<戯神ロキ>を使えなかったが、この距離なら問題ない。

 葉月は棘のルーンを刻み込み、割って入るように黒いボールを投げ込む。


「ロキ・ワン、オープン! 【フサルク】、THORM(ソーン)!」


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