第56話 ラグナロク~本当の主人公~


 僕は<剣神シグルズ>を、沙霧に向かってがむしゃらに振るう。

 一方的に攻め立てているのではない。

 もはや感情のぶつけどころが分からなくなっているからだ。


「今は全員裏切っているって、どういう意味だ!?」


 沙霧はロッドの部分でそれを易々と受け流しながら、嘲るような口調で答える。


「言葉の通りだ。この<爪神ナグルファル>には死者を操る能力があるが、元【エインフェリア】たちには効果が薄かった。長い時間をかけて支配力を強めていったが、初めての実戦投入ではまるで使い物にならず、しかもヴァル先生に会った途端、全てを弾かれてしまった。二度も死してなお、ヴァル先生を慕う気持ちは変わらなかったということだ」

「それなら……やっぱり……!」

「だが、今こうして【ビフレフト】を、ヴァル先生の命を狙っているのは……間違いなく彼らの意思であり、変えられない事実なのだよ」


 僕は強く押し返され、校庭に植えられている木に激しくぶつかる。

 超えられない壁が、変えようのない真実が……僕の前に立ちはだかっているようだった。


「そんなの……そんなの信じられるか! どうせお前がそう思い込むように洗脳し直しただけなんだろ!?」


 それでも僕は立ち向かう。

 それで……それではあまりにも――。


「どうして……ヴァル先生を裏切ったりなんかしたんだよ……!?」


 自然と、涙がこぼれ落ちていた。

 全員が本当にヴァル先生を裏切ったと分かって、悲しくて、情けなくて仕方がなかった。


「……本当の【ヴァルハラ】を完成させるためだ」

「えっ……?」


 突然の告白に、僕は思わず足を止めた。


「私が望んだのは、私が主人公である世界。私が中心となって、私だけの物語が進む世界。だから……どうしても裏切る必要がある」

「……分からない。お前が何を言っているのか、僕には全然理解出来ない……。そんなの、現実世界でだって叶えられるんじゃないのか? 自分がそうだと思えば、その瞬間から主人公になれるんじゃないのか?」

「違う! 一人一人が主人公だなんて、安っぽい言葉を使うな!!」


 沙霧は荒々しく叫んだ。

 初めて感情らしい感情をぶつけられ、僕は戸惑った。


「誰かが主人公になったら、誰かが脇役にならなければならないんだ! 私が主人公になっても、他の誰かが主人公になってしまったら、私はただの脇役だ! どれだけ努力しても、どれだけ真面目に生きても……脇役は、それ以上の存在になれやしないんだ……!」


 沙霧は怒りを露わにし、悔しそうに唇を噛み締める。


 ようやく……沙霧の気持ちを少しだけ理解出来た気がする。

 確かにそれは、僕も感じたことがあった。


 もし一人一人が主人公だというのなら、どうしてそのストーリーに大きく差があるのか、と。


 どうして望んだストーリーを描けないのか、と。


 生まれつき貧富の差があるのに、勝ち組と負け組が居るのに、それでも同じ主人公だと言い切るには抵抗感があった。

 だけど、そういうものだと思い込まないと……潰れてしまいそうな自分が居るのも事実だ。


 その気持ちはよく分かる。

 しかし、どうしても理解出来ないことがある。


「それがどうしてヴァル先生を裏切ることに繋がるんだ……?」

「……【ヴァルハラ】に行くということは、それは自分が主人公である世界を作り上げるという意味だ。私が主人公であり続けるためには、他の主人公を作らないためには、【ヴァルハラ】を独占するしかないんだ……」


 その言葉で、ようやく点と点が線で繋がった。

 ――いや、繋がって欲しくなかった。


 理解出来たけど、理解したくない。

 あまりにも勝手で、あまりにも最悪な理由。


「そんなことで……そんな身勝手なことで仲間を殺したのか!? ヴァル先生を裏切ったのか!?」


 僕は怒りを剣に乗せ、力の限り振り下ろす。

 沙霧は涼しい顔でそれを受け止めるが、ロッドの部分に剣先が深く食い込んでいた。


「何が主人公だ!? 何が脇役だ!? お前は、ただのクズ野郎だ!!」


 怒りに身を任せ、僕は両腕が壊れるほどの激しい剣劇を繰り出す。

 だが、効果があったのは最初だけで、沙霧は淡々とそれを受け流し続ける。

 あれだけ露わになっていた感情は、徐々になくなっていった。


「……貴様の言うとおりだ。己の望みを叶えるためだけに、信頼している仲間を裏切っていいのか、絶望から救ってくれたヴァル先生を裏切っていいのか、『沙霧 真』はずっと悩んでいた。それで『本当の主人公』になれたとして、果たしてそれが本当に正しいことなのかどうか、ずっと悩み苦しんでいた」


 沙霧は不気味な笑みを浮かべながらそう言った。

 言葉とは真逆の表情に、僕は底のない薄気味悪さを感じ、思わず距離を取った。


「……何が言いたいんだ? お前は……本当に僕らと同じ生徒だったのか……?」


 僕の質問に対し、沙霧は大きく口端を歪め、ニィっと笑う。


「真実を教えてやろう。あの夜に裏切ったのは……『沙霧 真』ではない」


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