第52話 ラグナロク~二組の遊撃隊~


「おーおー、こりゃまた凄い光景だわ。ここまで来ると、いっそ清々しいぐらいね」

「余裕ですね、綺花……。私は一つ増える度に、気が重くなっていきますよ……」


 綺花と葉月は西にある古民家の屋根から、その光景を観測していた。


 敵が一体、また一体と船体から落下してくる。

 さながらそれは、地上に降り注ぐ流星群のようだ。


 機動力の綺花と、判断力に長けた葉月。

 犬飼はこの二人に、状況に合わせて西へ東へ、四方八方を駆け巡る遊撃隊の役割をお願いしていた。

 目的は、周囲に散った敵たちを各個撃破するためだ。

 しかし――。


「なーんで西の草原地帯に集まっちゃったかなぁ……。遊撃隊っていうカッコイイ役割だったのに、結局いつもと同じじゃんよ」

「ひーふーみーよーいつむー……あぁもう、カウントするのもイヤになる数ですね」


 ざっと見ただけでも、二十体はゆうに超えていた。

 その中には、二体の赤黒い甲冑の姿もある。


「……アイツらがここに落ちてきたってことは、犬飼の予想が憎らしい程に当たってるってことね……」

「そう……みたいですね。これから戦わなきゃいけないのに、こんな結末はあまりにも悲しすぎます……」


 葉月は思わず涙ぐんだ。

 もし自分が彼らの立場だったらと考えると、同情を禁じ得ない。


 落ち込む葉月の頭を、綺花はボサボサになるほど撫で繰り回す。


「泣くのは後。同情するのも後。スタートが鳴ったら、全ての悩みを置き去りにするぐらいがむしゃらに走らなきゃいけないわ。それが、短距離選手という生き物なのよ」

「私は短距離選手じゃないですよ……」


 綺花の言葉に、葉月は泣き笑う。

 運動部らしい根性論。

 だが、今一番欲しかった言葉だったのかも知れない。

 葉月は涙を拭い、前だけを真っ直ぐ見つめる。


「……行きましょう! 作戦開始です!」

「オッケー! チーム『月花(げっか)』、いざ出陣!」


 綺花と葉月の耳に、雷管の鳴る音が聞こえたような気がした。



 ◇----------◇



 大道寺は周囲を警戒しながら、北の森林地帯を歩いている。


 犬飼から強引に与えられた役割は、女子チームと同じ遊撃隊だ。

 ただし意味としてはその真逆で、『敵と出会ったらその馬面を最大限に生かし、全力で罵声を浴びせて馬鹿にして、挑発に成功したらそのご自慢の逃げ足で馬のように逃げろ』、とのお達しだった。


 要は、戦場を引っかき回せ、ということなのだろう。


「なんで俺だけこんな役回りなんだよ……」


 大道寺は不満げにため息を漏らす。

 正直な所、犬飼が指揮した役割分担は的確だと思っている。

 不満なのは、なぜ女子チームと組ませてもらえなかったのか、という点だ。

 見惚れるような活躍をしても、一人ではまるで意味がない。


「……そんでこういう時に限って、こういう展開になるんだよなぁ……」


 大道寺は誰にも聞こえないような声でグチた。


 木々の合間を縫うように、約100メートル先に敵が居るのを発見した。

 緑が生い茂る森の中で、一際目立つ毒々しい赤色。

 その周りには……違う色はなく、同じ色も居ない。

 どうやら一体だけのようだ。


「……クソッ、予想は当たりかよ。全く、気分わりぃな……」


 青や白ならいくらでも馬鹿にしてやれたが、さすがに赤色を挑発する気にはなれなかった。

 犬飼の予想通りだとすれば、あまりにも悲惨すぎる。


 場所を変えて違う色を探そう。

 大道寺は音を立てないようにゆっくりと――。


「見ーーーっけ!」


 立ち去ろうとした矢先、木の上から凶刃が降り注ぐ。


「なにっ……!?」


 完全に不意を突かれた大道寺は、反射的にヒモを掲げて凶刃を止める。

 しかし、黄金の剣はギリギリと食い込んでくる。


――クソッ、ヤバイ……!


 このままでは競り負けると思った大道寺は、ヒモ越しに剣を蹴って強引に弾き飛ばす。


――はぁ……はぁ……! ギリギリだった……!


 額から血が流れ落ちる。

 あともう数センチ押し込まれていたら即アウトだった。


「まさかこんな簡単な手に引っかかるとはな……。お前さん、全くなっちゃいないな。デコイは基本だろ、基本」


 短髪にハッキリとした目つきの男――久保 善治郎は、黄金の剣をクルクルと回しながらケラケラと笑った。


 横目で確認すると、赤黒い甲冑はその場から微動だにしていない。

 恐らく、脱いだ甲冑をあたかもそこに居るように偽装したのだろう。


「よりにもよって男かよ……。俺は他の女子二人と組んずほぐれつといきたかったぜ」


 大道寺はさもガッカリしたように肩を落とす。


「そりゃこっちのセリフだ。オレだってそっちの女子たちと、『戦闘』という名の平成セクハラ合戦ズンドコとしたかったってのによ」


 善治郎もまたガッカリしたように肩を落とす。

 その様子を見て、大道寺は背中に冷や汗を感じた。


――……マズイな、キャラが被ってる……。


 いつもはツッコミが入るハズなのに、下ネタに下ネタで返されてしまった。

 求めているリアクションは、そういうのじゃないんだ。


「全く……下ネタキャラは一人で充分だっての……」


 大道寺は、ヒモをバンテージのように両手に絡める。


「こういう熱い展開は俺の担当じゃないんだがな……。似たもの同士のよしみで、すぐ楽にさせてやるよ」


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