第51話 ラグナロク~ヴァルキリーの騎行~


「ここは神聖なる学舎。部外者は静かにご退場を願うわ」


 だがその進路上に、予想外の人物が空で待ち構えていた。


 教鞭の代わりに白銀の剣を、教員を真似た服の代わりに水鏡のように光り輝く鎧を、二十人もの姉妹たちから借りた神器を装備しているその姿は、まさに戦乙女ヴァルキリーの名に相応しい。


「これは、私の指導不足が招いた結果。先生として……貴方たちに厳正なる罰を下すわ」


 目標がのこのこ出てきたと、【ウールヴヘジン】たちは身を乗り出して喜ぶ。

 だが、沙霧を含む四人は背中に冷や汗を感じ、その言葉の恐ろしさに魂まで凍えそうだった。


「親愛なる姉妹たちよ、どうか私に力をお貸しください。強き【スケッギォルド(斧を持つ戦乙女)】を我が手に」


 ヴァルキリーの手に、船体の長さをゆうに超えるハルバート(斧槍)が現れる。


「猛き【ランドグリーズ(盾を壊す戦乙女)】を我が身に。そして、再び【ラグナロク】を告げようとしているこの悪しき船を水底に沈めよ」


 その細腕から想像できない速度で、巨大なハルバートが振り下ろされる。

 回避など間に合うハズもなく、深紅の船は真っ二つに切り裂かれていった。


 崩れていく船体。

 直撃を免れた沙霧たちは、慌てて船外へと脱出する。


「目標変更だ! 学校の破壊、並びに【ビフレフト】の奪取を最優先せよ! いいか、絶対に破壊はするな! あれだけが、失われた理想郷へと渡れる唯一の方法なのだからな! 決着はその後だ!」


 落下していく沙霧たちに、ヴァルキリーは追撃を仕掛ける。

 だが、【ウールヴヘジン】たちは神器の力を借りて空を飛び、遮るように立ちはだかる。


「<番神ガルム>、<司神ヴァーリ>、<樹神ヘズ>……。いずれもここから持ち去っていった【流るる神々】たちね。貴方たちを食い止めるついでに、全て返してもらうわよ」


 ヴァルキリーは、最初から追いかける気などなかった。

 ここで敵を食い止めていて欲しいと、犬飼からお願いをされたからだ。


 落ちていく元生徒たち。

 眼下に広がる島で共に暮らしていたハズなのに、どこで食い違ってしまったのか。

 蘇る淡い記憶が、ヴァルキリーの表情を歪ませる。


「ここを去って行った生徒たちが正しかったのか、それともここに残っている生徒たちが正しいのか……。いくら考えても、私には分からない。だから……生徒たちだけで決めてもらうことにしたわ。私は先生として、それを見守るだけ。だけど、もしここで【ビフレフト】を……この学校を守れなかったのなら、私はヴァルキリーとしての役目を、先生としての役割を自ら終えるとするわ。……全てを生徒に託すのは、悪いことじゃないですよね、『先生』……?」



 ◇----------◇



「くそっ! まさかヴァル先生自らが出迎えてくれるとはな……!」


 沙霧は崩れていく船体を見上げながら、大きく舌打ちをする。

 学校に直接船で乗り込んで、圧倒的な戦力差で抵抗する間もなく一気にカタをつけようと考えていた。

 しかし、まさか学校の守護神であり、デッドライン(最終防衛線)でもあるヴァルキリーが最前線に出てくるとは思ってもみなかった。


 連れてきた【ウールヴヘジン】たちの多くが先ほどの一撃でやられ、神器を持っている者はヴァルキリーを食い止めるために踏み留まっている。

 船外に投げ出された者たちは、操られているかのように学校とはまるで違う場所に落ちていく。

 恐らく、合流するのは無理だろう。

 残念ながら、他の三人も方々へと散ってしまった。


 沙霧は崩れ落ちてきた船の破片を掴み、スカイサーフィンの要領で空気抵抗を大きくする。

 徐々に落下速度を緩めていき、グラウンドの中央に砂煙を上げながらランディングした。


 周囲を見渡すが、仲間の姿は見当たらない。

 結局、直接学校に辿り着けたのは沙霧一人だけだったようだ。


「絶対直接ここを狙うだろうとは思っていたけど……まさか一対一のタイマンになるなんてな。僕の予想が当たって嬉しいけど、最悪に胸クソだよ」


 吐き捨てるような言い方だった。

 声のする方を見ると、学校の校門前に男が――両足を切ったハズの男が、悪神のような形相で剣を構えている。



「お前がヴァル先生を裏切った理由を話せ。三行以内にな」




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