第53話 ラグナロク~無情な真実~


 僕の質問に対して沙霧は、まるでこれが答えだと言わんばかりに巨大なパドルを横薙ぎに振るう。

 校門の柵が紙のように切り裂かれるが、僕は高く跳んでそれをかわし、そのまま白銀の剣を振り下ろす。

 沙霧はロッドの部分で受け止めるが、僕は剣に全体重を預けて押し込んでいく。

 だが、力は互角なのか、それ以上食い込んでいかなかった。


 沙霧は押し出すように僕の剣を弾き、体勢を崩した所で深紅の爪を振り下ろしてくる。

 僕は後ろに大きく跳びながら剣を振るい、パドルの軌道を反らしながら爪の一部を切り落とすことに成功する。

 しかし、まるで付け爪を取り替えるように、いとも簡単に元通りになってしまった。


「くはは……! 竜をも殺した<剣神シグルズ>と、巨人の軍勢を運ぶ<爪神ナグルファル>との戦いか。まるでムサシとコジローの決闘だな」


 そう言って沙霧は、おどけたように肩をすくめた。

 その態度は、僕をブチ切れさせるのに充分だった。


「裏切った理由も言わなければ、反省の色もナシか……。なら、黙ったまま殺されろ!」


 僕はポケットから小さなプラスチックボトルを取り出し、鞘口の近くに空いている穴にセットする。

 そしてボトルを強く握り締め、液体を流し込む。


「刃紋(はもん)リペイント! 尖り互(ぐ)の目は三本杉――<三呪(さんじゅ)の剣ティルヴィング>!!」


 勢い良く剣を引き抜くと同時に、鞘から赤い油を弾き飛ばす。

 一滴でも触れれば呪いがかかり、三回攻撃が当たるまでそれは解除されない。


「ほぅ、狙ったものは絶対に外さない魔剣か。なんとも恐ろしい。……では、『彼ら』に代わってもらうことにしよう」


 沙霧はパドルを逆さまに構え、深紅の爪を地面に突き刺す。


「出でよ、元祖【エインフェリア】たちよ」


 土の中から現れたのは――ボロ布と刃こぼれした斧、それに角がある兜を被った骸骨たちだ。

 その特徴的なシルエットだけで分かる。

 あれは……北欧の戦士たち、ヴァイキングだ。


「行け! 勇敢なる【エインフェリア】たちよ!」


 沙霧はヴァル先生の真似をした号令を掛けた。

 ヴァイキングたちは喜んで赤い油を浴び、そのまま僕に向かって突撃してくる。


 呪いの効果とは関係なしに、僕は一太刀で骸骨たちを一掃した。

 いくら元祖とはいえ、骸骨程度で苦戦する僕じゃない。


 だが、これで事実上<三呪の剣ティルヴィング>は封じられたことになってしまった。

 恐らく、何体でも呼び出すことが出来るだろう。

 しかし、逆にこれでハッキリしたことがある。


 僕の最悪な予想が……当たっていたということだ。


「やっぱりか……。お前の【流るる神々】は、巨大な船を出すだけじゃなく、死者も操ることが出来るんだな……?」

「ほぅ、この効果を見ても驚かないとはな。何となく予想はついていた、ということか。まぁ私と同じで、死者を操るのはヴァル先生の十八番だから、連想しやすかっただろうがな」


 沙霧の言うとおりだ。

 死者を呼び出して戦わせるという点については、ヴァル先生の能力とよく似ている。

 だが、決定的に違う所があるのに気づいていないようだ。


「……最初に確認しておきたいことがある。お前たちが居なくなった、あの夜についてだ」


 あの夜。

 そのキーワードに、沙霧の表情が僅かに強ばった。


「いくら考えても、どうしても理屈が通らない所があった。全員が結託して裏切ったのなら、どうして全員で奇襲を仕掛けなかったのか? 逆に、一人でも裏切っていないヤツが居たのなら、どうして全員が一斉に消えてしまったのか……?」


 その考えに至るまで時間がかかったのは、それを考えたくなかったから。

 僕らよりもずっと頭が良いヴァル先生が分からなかったのは、きっとその考えを無意識に否定していたから。

 だが、何度考え直しても、導き出される答えは一つしかなかった。


「お前……ヴァル先生を裏切ったその夜に、仲間を全員殺していったな……?」


 一人で奇襲を仕掛けたのは、一人しか居なかったから。

 全員が一斉に居なくなったように見えたのは、一人以外が既に居なかったから。


「あの夜から記憶がないと言ったのは、その時に死んでいたからなんだろう? ヴァル先生を逃がすまいと服を掴んだのは、お前が操っていたからなんだろう? お前だけ学校を認識できて、他の仲間がここに辿り着けないのは……元【エインフェリア】どころか、もはや別物の存在だからなんだろう……?」


 僕がどれだけ質問しても、沙霧は何も答えない。

 もっとも、答えようが否定しようが、別にどちらでもいいが。

 点と点が線で繋がっている以上、沙霧がどう言おうと僕の気持ちに変わりはない。


「さっきお前は、ヴァル先生と自分の能力は同じだって言ったな? そんな吐き気がするウソは止めろ。ヴァル先生に呼び出された僕らは、僕らの意思で戦っている。だがお前は……無理矢理呼び出し、強制的に従わせている。お前とは、決定的に違うんだよ」


 僕は、沙霧に切っ先を真っ直ぐ向ける。


「裏切ったのは、沙霧 真。お前一人だけだ」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る