第47話 温泉~エロ馬の野望~



 案の定、銭湯は男湯と女湯に別れていた。

 さめざめと泣く大道寺を引きずりながら、僕らは男湯と書かれたのれんをくぐる。


 無駄に多いロッカーに、これでもかと並ぶシャワーと蛇口。

 そして、二人で入るには大きすぎる浴槽。

 誰がどう見ても銭湯という感じだ。


 ただ……銭湯といえば富士山のハズなのだが、デカデカと書かれている絵はなぜかアルプス山脈だ。

 そしてその後ろには、山よりも高い巨大な樹が描かれている。

 多分、ソシャゲでよく聞くユグドラシル(世界樹)というヤツだろう。

 ……まぁ、ヴァル先生らしいというか何というか……。


 僕らは黄色い桶で身体を洗った後、ゆっくりと浴槽に足を入れる。

 ちょっと熱めだが、このぐらいが風呂に入っている感じがしててちょうど良いと思う。

 肩まで浸かると、思わず魂が出てきそうなぐらい深いため息が漏れた。


「ああぁぁーー……気持ちいいぃぃーー……。これってただの沸かし湯なのかな? なんか、凄い効能とかありそうなぐらい気持ちいいなぁぁーー……」

「おおぉぉーー……それ分かるわぁぁーー……。源泉は知恵の泉とか、その辺かもなぁぁーー……。北欧印の温泉まんじゅうとか売ってそうだなぁぁーー……」


 あまりの気持ちよさに、会話がグダグダだ。


「それにしても、よくオッケーが出たな」


 いくら『ごほうびポイント』を注ぎ込んだとしても、土下座して頼み込んでも、それでも絶対にダメですって断るのがヴァル先生だと思っていた。


「いや、戦士たちの疲れを癒すには温泉が一番だって説得したんだよ。悲しいことに、出来たのは銭湯だったけどな」

「ああぁぁーー……この気持ちよさを味わった後なら、納得せざるを得ないなぁぁーー……。まぁ、ちょっとジジ臭いが」


 なるほど、案外正論には弱いのか。

 今度から参考にさせてもらおう。


「……まぁ、犬飼の足のためにも、って言葉が一番効果的だったけどな……」


 大道寺は、ポツリとそう呟いた。


「おまっ……!? 人をダシに使ったのか!? しかも、弱みのコンボって……!? うわぁ……お前、本当に最低だな……。そこまでして温泉に入りたかったのか?」

「あぁ、当然だろ」

「まさか……覗くのが目的だ、なんてテンプレみたいなことを言うんじゃないだろな?」

「テンプレ……? 王道だろうが! 男のロマンだろうが!! それに……それになぁ、もう限界なんだよ!! オカズが無いんだよ!! ネットも、DVDも、寂れた本屋もこの島には一つも無い!!」


 かつてない程の逆ギレっぷりに、僕は気圧されて尻込みしてしまう。


「そ、それならヴァル先生に頼めば良いじゃないか? 本ぐらいなら簡単に頼めるだろ?」


 大道寺は僕の頭を両手で掴み、まるで諭すような優しい瞳で見つめてくる。


「お前……ヴァル先生に『エロ本を作って下さい』、なんて面を向かって言えるか……? しかもあんな美人に、だ。俺は……俺はマンガじゃ無理なんだよ……」


 僕は過激な少年コミックで満足出来るから良いが、実写好きにとってそれは辛すぎるな……。

 というか、死活問題だろうな。


「俺は……俺はただ、生のおっぱいが見たいだけなんだ……」


 大道寺は僕の両肩を強く握りしめ、涙ながらに語った。


「大道寺……お前、そこまで追い詰められていたのか……」


 同じ男として、その気持ちは痛いほど分かる。

 大道寺のために――いや、男のロマンを叶えるために、あの壁を乗り越えて――。


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