第46話 温泉~戦士の休息~


 この島には電気もガスも通っている――電気は自家発電、ガスは天然ガスを利用しているらしい――のだが、なぜか風呂というものがない。

 全員学校に備え付けてあるシャワーだけでこと足りている、というのもあるのだが、やはりどこか物足りないのも事実だ。

 敵と戦った後なんかは、風呂に入って疲れを取りたいと何度も思った。


 風呂に入る方法はただ一つ。

 それは、『ごほうびポイント』を貯めて風呂を作ってもらうことだ。


 前に、ヴァル先生に質問したことがあった。

 どうしてこの島に無い物を『ごほうびポイント』でもらうことが出来るのか、と。


 難しい説明で全然分からなかったが、要は敵を倒すことによってこの島にエーテルが貯まり、それを元に僕らが注文したものを作り上げるのだという。

 さすがは神様だといったところだろうか。


 その時に僕は、電波塔というか、wi-fi環境を作って欲しいとお願いしてみた。

 返事は、不可能の一言で終わった。

 どうやらヴァル先生が仕組みを理解しているモノ以外は作れないらしい。

 神様も万能じゃないと思い知った瞬間だった。


 ともあれ、『ごほうびポイント』さえあれば風呂を作ってもらえるし、入ることも出来る。

 だが、専用の施設を作るというのは、どのソシャゲでも同じように大量のポイントが必要となってくる。

 たったそれだけのために、欲しいモノをガマンし続けるバカは居ないだろう。


 ……だが、そんなバカなことを……いや、それ以上のことをやってのけたバカ馬が居た。



 ※



「へー、大道寺にしては気が利くじゃないの。シャワーだけだと、どうも疲れが取れた感じがしないのよねぇ」

「そうですね、大道寺さんにしては良いことをしてくれましたね」


 僕らは今、完成披露宴を兼ねてその場所へと向かっている。

 結構大きな施設になったらしく、学校から少し離れた所に作ったそうだ。


「君たち……俺を何だと思ってるのよ?」


 前を歩いてる大道寺が、振り返りながらそう質問した。


「バカ馬だろ?」

「エロ馬でしょ?」

「完っ全な駄馬ですよね?」


 僕らはさも当たり前のように答えた。

 それ以外何があるっていうんだ?


 だいたい、これまでの『ごほうびポイント』を全て注ぎ込み、風呂ではなく温泉を作って欲しいとヴァル先生を拝み倒しただなんて、神をも冒涜する行為だよ、全く。


「施設は離れた所に設置したから、有事に備えて個人で行くことは禁止するわ。使用するときは、原則的に全員で行くことを校則としておくわね」


 一番前を歩いているヴァル先生からお達しが出たようだ。

 温泉利用の校則があるなんて、ここぐらいだろうな。


 ……それにしても、なんでバスガイドの格好をしてるんだろう? 『猫沖総』と書かれた旗も持ってるし、妙な凝り性だなぁ……。


「校則じゃ仕方ないよね! ほらほら、早く行こうぜ!」


 満面の笑みを浮かべた大道寺が、もう待ちきれないとヴァル先生を追い越していく。

 ……なんだろう、凄く不吉な予感がする……。



 ※



 東の岩場方面に歩いて行くと、ようやくその施設が見えてきた。


「……うぅん?」


 見た瞬間、思わず変な呻り声をあげてしまった。

 『ゆ』と書かれたのれんに、そびえ立つ巨大な煙突。

 温泉施設というから健康ランドみたいなものを想像していたが、どう見ても完全に銭湯です。


 大道寺は、オイルが切れた人形のようにぎこちなく振り返り、


「……ヴァル先生、この純和風で立派な建造物はなんでございましょうか……?」

「温泉よ。『先生』が残していった本にもそう書いてあったわ」


 ヴァル先生はどこか自慢げに、真っ直ぐな瞳でそう答えた。

 大道寺は何も言えなくなり、ショックのあまり膝から崩れていく。


 恐らく、混浴できる露天風呂みたいなものを頼んだのだろうが、その野望は脆くも崩れ去ったようだ。

 ……ざまぁみろ、と言えないのが悲しい男の性か……。



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