第44話 『先生』から先生へ


 その日を境に、この島に【流るる神々】が流れ着くことが多くなっていった。

 私が引き寄せているのか、それとも『先生』とこの島が行き場を無くした者たちを受け入れているのか。


 ともあれ、巨人族の残党がここに来るのもそう遠くないだろう。

 危惧していたが、元々覚悟は出来ている。


 だがそんなのは、些細なことだった。

 一番危惧していたことが、どうしても覚悟が出来ていなかったことが……今まさに現実になろうとしていた。


 少し前から、『先生』の魂が日に日に薄れていくのを感じていた。

 自分のエーテルで補充を行おうと試みたが、ダメだった。

 私の力を使って【エインフェリア】にしようとしたが、魂が弱くなりすぎて不可能だった。

 それに……『先生』はそうなることを望んでいなかった。


 それでも『先生』は教壇に立ち続け、私に授業を教えてくれた。

 この島での生き方を教えてくれた。

 決して弱っている所を見せず、毅然とした態度で、しかし笑顔を絶やさずに。



 そしてついに……その日が来てしまった。


 

「これから……最後の授業を行いたいと思う」


 教壇に立つ『先生』の姿は、私でなければ見えないほど薄くなっていた。

 ここに存在出来ていること自体が、奇跡に等しい状態だった。


「寂しいけれど、これは別れじゃない。君は……この学校を卒業するんだ。私の元から巣立つ時が来ただけなんだ。最後の授業は、君に一番必要な勉強……道徳だ」


 『先生』は、最後まで先生らしく授業を続ける。


「君はいつか話してくれたね。自分が今生きているのは、そういう役目を与えられたからだと。それは悪いことじゃない。けれど、楽しいことじゃない。現に君は、今も苦しそうな顔をしている。このままでは、君はまた深く傷つき、今度は立ち上がれないかも知れない。私は悔いなく死んだ。けれど、ここに来て心残りが出来てしまった。それは、君だ。もう一度だけ……生き方を考え直してみるというのはどうだろうか?」


 『先生』のお願いに、私は答えることが出来なかった。

 今までずっとそういう生き方をしてきたし、与えられた役目を捨ててしまっては、私の存在意義がなくなってしまう。


「そうか……。いや、君の答えは分かっていた。君は私が担当した生徒の中でも、一番の頑固者だったからね。なら……お願いがある。私の代わりに、ここで先生をやってくれないか?」


 予想外の言葉に、私は大きく動揺した。

 先生? 私が?


「きっとこの島には、これからも君と同じような人たちが流れ着いてくることだろう。その時はどうか、君の生徒として迎え入れてあげて欲しい。そして私と同じように、様々な勉強を教えてやって欲しい。私から君に与える、新しい『役割』だ。ヴァルキリーとしての生き方を変えずに、先生として生徒を育てる。きっとそれは、楽しいことだと思う。……君は、この島で生徒として生きて、楽しかったかな?」


 私は、何度も強く頷いた。


「……ありがとう。君もいつか、この喜びを味わえる日が来ることを願っているよ。神も人間も、決して一人では生きられない。それを……絶対に忘れないでくれ」


 『先生』は、一枚の紙を差し出した。

 私はそれを、両手でしっかりと握りしめた。


「卒業おめでとう、レギンレイフ。君に……幸あれ……」



 そうして『先生』は、この世界からスッと消え去っていった。



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