第45話 先生から生徒へ
「それから程なくして、私は力を使って勇敢なる魂を探しだし、この島へ流れ着くように呼びかけ続けたわ。名無しだったこの学校とこの島には、『先生』の名前を拝借し、『猫沖総合学校』と『猫沖島』と付けることにしたの。『先生』から与えられた、新しい『役割』を果たすために。貴方たちを【エインフェリア】として、そして生徒として育てるために。名前は……とても大事だから」
ここに来てから、ずっと疑問に思っていたことだった。
【ビフレフト】を守るために、なぜ勉強をする必要があるのか。
なぜ生徒として扱うのに、敵と戦わなければならないのか。
その酷くチグハグな理由が、ようやく分かった。
「じゃあ、やっぱりあの人たちは……?」
「ええ、その通りよ。貴方たちの前任者であり、この学校の元生徒。そして……私が初めて担任した生徒たちよ」
口ぶりから何となく分かっていたことだが、それでも動揺せずにはいられなかった。
「元生徒なのに、どうしてヴァル先生を狙ったんでしょうか? 裏切った……ということなのでしょうか?」
葉月は眉をひそめながら問いかけた。
自分の過去と重ね見ているのだろう。
それに対し、ヴァル先生は力なく首を振る。
「……分からないわ。あと少しで【ヴァルハラ】へ行けるという時に、犬飼 剣梧の足を斬っていった生徒――沙霧 真が、何の前触れもなく夜襲を仕掛けてきたの。何とか退けることは出来たけれど、多くの【流るる神々】を持って霧の向こうへと消えて行ってしまったわ。他の三人も、なぜか同じタイミングで居なくなってしまったのよ……」
その夜の出来事を思い出したのか、ヴァル先生の表情はわずかに陰り、声も弱々しく感じた。
そうか。だからあの時、ヴァル先生は帰ってきたと思って駆けつけたのか。
本当に、心の底から嬉しかったんだろうな……。
「どうしてそうなってしまったのか……。何度も記憶を辿ったけれど、今も原因が分からないの。彼らのことはずっと気にしていたけど、消息を掴むことは出来なかった。そして今日、私の生徒たちは敵として姿を現した。理由は分からないけれど、恐らくは全員が巨人族の残党側に寝返ってしまったのでしょうね……」
『先生』との写真を見つめたまま、ヴァル先生はもの悲しげに語った。
教え子に裏切られる。
それがどれだけ無念なことか。
【エインフェリア】が敵に寝返る。
それがどれだけ無情なことか。
どれだけ強くても、無敵の身体を持っていても、味方に裏切られれば心が傷つく。
それは、神様だって変わらないハズだ。
元生徒たちが裏切った理由よりも、裏切られたヴァル先生が大丈夫なのかどうか、それだけがずっと気がかりだった。
※
記念室での長い話が終わり、僕らは言葉を交わすことなく部屋に戻っていく。
一気に受け止めるには重すぎる話だったし、いろいろと思うことがあるのだろう。
僕も考えがまとまりきらないし、今の感情を言葉に出来る自信がない。
とにかく、今は寝てしまおう。
頭を使いすぎたせいか、ひどく眠い。
三階に上がろうと、階段に足を掛けたその時、視界がぐるりと反転し、そのままブラックアウトしていった。
※
気がつくと、またしても保健室のベッドの上だった。
隣には……誰も居ない。
起きようとしたが、今度は全身が上手く動かせない。
ひどく怠いし、風邪を引いたように熱っぽい。
「目を覚ましたようね。突然気絶するだなんて、ダメージまでは取り除けなかったということかしら」
おかゆを持ったヴァル先生が、僕の隣に座る。
どうやら僕をここに運んでくれたのは、ヴァル先生のようだ。
先ほどまでの弱々しい感じはなく、普段通りの様子に戻っていた。
「さすがに手ぐらいは動かせるわよね?」
ヴァル先生は銀色のおぼんを僕に渡す。
……食べさせてくれるかと思ったが、さすがにそれは高望みし過ぎか……。
卵入りのおかゆ……というよりは雑炊に近い感じで、相変わらず大雑把な味だった。
多分、『先生』とやらの直伝なんだろうな。
「ぐぁっ……!?」
突然両足に鋭い痛みが走り、僕はスプーンを落としてしまう。
治ったとはいえ、心と体はまだ斬られた時の痛みを忘れていないようだ。
痛さのあまりに呻いていると、ヴァル先生は僕の頭をそっと撫でてくれた。
「……私が痛みで苦しんでいると、『先生』もこうして私を優しく撫でてくれたわ。不思議なことに、それで痛みは収まったの。どうしてこれで治るのか『先生』は教えてくれなかったけれど……貴方の痛みも収まったかしら?」
突然の出来事に、僕は返事をするのも忘れ、無意識の内に頷いていた。
「そう、良かったわ。しばらくは病欠にしておくから、今はただ休みなさい」
そう言ってヴァル先生は、保健室から去って行った。
おかゆという名の雑炊を食べ終えた僕は、言われたとおりすぐ横になる。
よほど疲れていたのか、意識はあっという間に沈んでいく。
それと同時に、自然と今日の出来事を振り返っていた。
どうして、ヴァル先生を裏切ったんだろう?
タイミングからして、全員が結託して裏切ったってことなのか?
……いや、あの様子からしてそうだとは考えづらいな。
少なくともあの三人は、ヴァル先生をウソ偽りなく慕っているようにしか思えない。
僕らがそうであるように、ヴァル先生に強い恩義を感じているように見えた。
……けどそれは、僕の勘違いなのだろうか?
あるいは、裏切らなければならない理由があったんだろうか……?
……ダメだ、考えても全然分からない。
まだ知らない真実があるのか、それとも僕が理解できない酷くチグハグな理由があるのか。
とにかく、今は全てを忘れて眠ろう。
眠りに落ちる寸前、走馬燈のように思い出したのは、僕に逝かないでと叫んだヴァル先生の泣き顔だった。
僕は、ヴァル先生を裏切ったヤツらを許さない。
例えどんな理由があったとしても、絶対に。
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