第43話 生徒と『先生』
古びた教室で、古びた机を使い、古びた教科書で毎日『先生』と一緒に勉強をした。
本当は科目に合わせて先生が変わるそうなのだが、『先生』一人しか居ないので全部を担当してくれた。
授業内容に合わせて『先生』は格好やしゃべり方を変えてくれたので、素直に楽しかったし、嬉しかった。
日曜日は学校を休みにして、この島を探索したり、野菜の育て方や料理の仕方を教わった。
この時の『先生』はまるで子どものようにはしゃいでいて、いつもの厳格な『先生』らしくない感じだったが、心の底から楽しそうに笑っていて、いつも温かい気持ちにしてくれた。
あるとき、『先生』は自分のことを話してくれた。
『先生』はこの島の生まれで、一度は本土に渡ったが、この学校が先生不足で閉校の危機にあると知り、居ても立っても居られずに戻ってきたのだという。
その時の私は、実に『先生』らしい行動だと思った。
それから何十年もこの島で先生をやり続け、何百人という生徒の卒業を見守ってきた。
校長にならないかという話も持ち上がったが、『先生』は先生であり続けたいと断った。
そして、死ぬ間際までこの教卓に立っていたそうだ。
それからこの島は、徐々に住む人が減っていき、やがて誰も居なくなった。
そして時間の渦に削られ、消えていったのだという。
皆がこの島を、この学校を忘れていく中、『先生』だけはここを忘れなかった。
先生としてこの島に居続けたいと、強く想い続けた。
例え、魂だけになっても。
「……ずっと考えていたことがあるんだ。私はここに居続けたいと願ったが、それは後悔からではない。なのに、どうして私はここに存在しているのだろうかと。消えたハズの……人々の記憶からも忘れ去られた、この島と共に在るのだろうかと」
『先生』の言うとおり、確かに疑問が残る話だ。
私は、恐らく神々の中でも一番魂に直接触れてきた。
だからこそ、尚更腑に落ちなかった。
私たちが連れて行く魂は、勇敢なる魂。
つまり、敵を恐れずに戦って死んでいった魂だけだ。
ほとんどの魂は浄化していくが、稀に強い後悔や怨念を持った者たちはそのまま現世に残ってしまうことがある。
それは建物や島でも起こりうるが、より大勢の強い想いと記憶が必要となってくる。
「だけど最近、ようやく気づいたんだ。私がこの島で、この学校で待ち続けていたのは、新しい生徒が来ることが決まっていたんじゃないかって。きっと、君を私の生徒として迎え入れるためだったんじゃないかって気づいたんだ。……はは、年甲斐もなく、ロマンチック過ぎる話かな?」
理論も根拠もなく、何の確証もない話だった。
私たちのように、その日が予言されたというわけでもないのに。
だけれど、きっとそうなんだろうと私は思った。
そうであって欲しいと、私は強く願った。
※
ある日の授業中に、私はふと懐かしい気配を感じ取り、居ても立っても居られなくなって外へと飛び出した。
『先生』の話を聞いてから、私も一つの可能性を考えるようになっていた。
あの終焉の場所から逃げ延びることが出来た者は、私と同じようにここへ流れ着くのではないか?
それは、私という根拠を元にした推論だった。
端的に結論から言ってしまうと、私の推測は半分ハズレで、半分当たっていた。
私が流れ着いたという砂浜に近づいていくと、その気配はより一層濃くなっていった。
だが、そこに居たのは……いや、そこにあったのは、神々の魂を宿した武器――『神器』だった。
もはやそこに、敵味方は関係なくなっていた。
動くこともなく、ましてや「久しいな」と私に語りかけることもなく、己を振るってくれる者を待つだけの存在となってしまっていた。
私は……心のどこかで仲間たちは生きているハズだと信じていた。
神々の終焉を、預言で定められていたとしても。
でなければ……そうでなければ……私は、これからどうしたらいいのだろうか……?
絶望に落ちかけた時、『先生』は言ってくれた。
「『神器』と呼んではダメだ。君もそう呼ぶようになってしまったら、本当の意味でただの武器になってしまう。今はきっと、ここに来た頃の君と同じで傷ついているだけなんだよ。いつか君と同じように、身体も心も回復していくハズだ。……だから今は、別の名前で呼んであげるといい」
別の名前……?
とっさに口から出た言葉は、【流るる神々】だった。
ちょうど古文の勉強をしていたせいだろう。
「うん、良い名前だ。さぁ、【流るる神々】も休めるところに運んであげよう。潮風は身体に悪いからね」
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