第13話 朝食の時間


 枕元に置いたスマホのアラームがけたたましく鳴る。

 僕は眠い目をこすりながらフリックでそれを解除し、大きな欠伸を噛み締めた。

 スマホを目覚まし時計代わりに使う人は多いけど、『そのもの』になってしまったのは僕たちぐらいだろうな。


「なんで、デフォルトのアラーム音なんだよ……。ドビュッシーの『月の光』とか、エリック・サティの『ジムノペディ』とか、もっと優雅な曲で優しく起こしてくれないかな、爺や……」


 無駄に上流階級ぶっているのに腹が立ったので、スペースを区切っているカーテンをくぐり、枕に顔を埋めている大道寺の背中を踏んづけてやった。


「誰が爺やだ。次はお前の耳元で、競馬のファンファーレ音を大ボリュームで流してやろうか?」


 悲しいかな、これだけ空き教室があるのに、一階には部屋としてまともに使える場所が一つしかない。

 しょうがなく……本当にしょうがないが、僕と大道寺は同じ教室で寝泊まりすることになった。

 仕切りのカーテンが無かったら、ストレスで即死しそうだ。



 ※



 外の水飲み場で顔を洗っていると、ストレッチしながら歩くジャージ姿の宮瀬と、こくりこくりと半分眠ったままのパジャマ姿の葉月と出会う。

 葉月だけは『ごほうびポイント』でパジャマを買ったが、支給されたジャージを寝間着代わりにしているのが普通だ。


「おはよー。今日も敵が来てくれると良いね。……って、葉月ちゃんや。危ないからちゃんと起きてよ」

「ふぁ……おはようございますです……。えぅー……はい、あぅー……スヤスヤ……」


 ついには宮瀬に寄りかかり、葉月は完全に寝てしまう。

 意外にも寝起きが悪いようだ。

 かなりの低血圧なんだろうな。


「もー、しょうがないなぁ」


 宮瀬は葉月をひょいと持ち上げ、お姫様抱っこ――改め、赤ちゃん抱っこの形で運ばれる。

 ……本当に同い年か、この子は……?


「一旦部屋に戻って、葉月ちゃんをジャージに着替えさせてくるね」

「あいよ。じゃあ食堂でな」


 サッパリした所で、僕は一足先に食堂へと向かう。

 授業開始前には必ず朝食を食べる、という謎の校則があるからだ。

 ヴァルキリー先生は元々あった校則だと言い張るが、だとしても誰がそんなヘンテコリンなことを決めたんだが……。



 ※



 一階の隅にある食堂に入ると、ふわんとみそ汁の良い匂いが鼻をくすぐった。

 クツクツと煮立つ鍋に、トントンとリズムを刻む包丁の音。


「……あら? 予想していたよりも早かったわね。もう少しで出来上がるから、座って待っていなさい」


 厨房で料理をしているのは、三角巾と割烹着を着ている『給食のお姉様』――改め、ヴァルキリー先生だ。

 もっさい格好のハズなのに、京都の和服美人を見ているような艶やかな色気を感じるのだから不思議なもんだ。


 何気に凄いのは、先生として授業を行いながら、たった一人で朝昼晩と食事も作っていることだ。

 さすがは神様といった所だろうか。


「んー! 良い匂い! ザ・朝飯って感じね!」

「本当そうですよね。私の家はパン派でしたけど、ここに来てからご飯派に傾きつつありますよ」

「ホントそうだよな。先生自ら朝から手料理を用意してくれるなんて……。嗚呼、ぼかぁ幸せだなぁ。ここに来てホント良かったよ」


 全員が食堂に来た所で、丁度料理も出来上がったようだ。

 ……まさか、僕らが来るタイミングに合わせて作ってるのか?

 だとしたら神がかり的に凄いな……。


 僕らは綺麗に磨かれたアルミのおぼんを持って、カウンター前に並ぶ。

 初日はヴァルキリー先生が席にまで運んでくれたが、さすがに悪いと思ったのでセルフサービス形式に変えてもらった。

 今日の献立を順々に受け取っていき、僕らは同じテーブルに座る。


「いっただきまーす!」

「いただきます」

「どうぞどうぞ」


 僕は大道寺に「お前が作ったんじゃないだろ」とツッコミながら箸を取る。

 メニューはご飯とみそ汁、それに煮物……という名の肉じゃが。


「……ヴァルキリー先生ってさ、何でも出来るように見えて変な所で抜けてるよな……」


 僕はみそ汁から大根をつまみ上げる。

 普通はイチョウ型のハズなのに、これは分度器ぐらいデカイ。


 それに、煮物に入れるのは里芋で、ジャガイモを入れてしまったらそれは完全に肉じゃがだ。

 しかも、ほとんど原形そのままなもんだから、なかなかに食い応えがある。

 ……というか、朝からこれはありすぎる。


「一言でいうなら、かなり大雑把だよな。味もなんていうか……あの格好から期待出来る味じゃないっていうか……」

「あー、犬飼さんの言うことはよく分かります。男の料理って感じですよね」

「そう、それそれ。休みの日に『よーし、パパ作っちゃうぞ』的な料理なんだよな」


 美味しいには美味しいが、かゆいところに手が届かない味……という感じだろうか?


「えー? アタシは好みの味付けだけどなぁ。女将さん、おかわり!」

「宮瀬 綺花、私のことはきちんと先生と呼びなさい」


 そう言いながらも、ヴァルキリー先生はまるで昔話のように山盛りにする。


 ……体育会系の人って、なんで朝からあんなに食えるんだろ……?





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