第12話 ナイトタイム
成績発表と夕飯――戦闘終了後は必ず豚の生姜焼き定食と、はちみつジュースが出てくるようだ――を終えた後、僕らは並べた机を四人で囲い、大道寺のトランプで七並べを始めていた。
ヒマ潰しの最強アイテムはトランプなんじゃないかと、本気でそう思うようになってきた。
「はぁ……今日のはガチで危なかったなぁ。本当に助かったよ、宮瀬」
感謝の言葉に、右隣の宮瀬は満足そうに頷く。
「ん、その気持ちや良し。にしても、犬飼は運が無いね-。ピンポイントで高高度降下の強襲を受けるなんてさ。まぁアタシは新しい必殺技を試せたし、ポイントもウハウハでラッキーだったけどね」
左うちわに成り上がったと言わんばかりに、手札で自分を仰いでみせる。……まぁ、きっとそのポイントも全てジャンクフード祭りで消えてしまうんだろうけど……。
「宮瀬さん、出番なんですから早く置いて下さいよ」
「わ、分かってるって! 分かっちゃいるんだけど……!」
葉月に急かされ、宮瀬は慌てて手札を確認する。
しかし、置かれているカードと手持ちを見比べて渋い顔になる。
ババ抜きやポーカーの時もそうだったけど、表情で丸わかりだ。
「……犬飼くん。感謝してる気持ちがあるなら、止めてるハートの8をそろそろ出してくれないかな?」
「残念だけど、それとこれとは別の話だよ」
「ひどい! この外道! うぅ……飼い犬に手を噛まれた気分だわ……」
「誰が上手いことを言えと」
結局出せるカードがなく、宮瀬は二回目のパスとなった。
三回目でアウトだから、もう後がない。
時計回りなので、次は大道寺の番だ。
出せなくしてハメ殺してやろうと思ったが、僕の予想はことごとく外れ、大道寺は鼻歌交じりに余裕な態度でカードを置く。
「……そういやお前、さっきの戦闘に居なかったよな? スコアも0点だったし、何やってたの?」
僕はわざと刺々しい言い方をした。
こちとら絶体絶命のピンチだったってのに、一つも姿も見せなかったのはさすがにムカついた。
加えて上機嫌なのが更に腹が立つ。
「俺? 俺は先生とのプライベートレッスン。このヒモの使い方を手取り足取り……むふふ……むふふははは……ムハハハハ――ぱぐぅっ!?」
怒りとか関係なく、とにかく気持ち悪かったので思わず張り手をかましてしまった。
「犬飼、スナップの効いた良いビンタだったわ」
「完っ全にアウトな笑い方です。ナイスプレーでした、犬飼さん」
宮瀬と葉月が親指を立ててグッドをしてくれたので、僕もグッドで応える。
気持ちも落ち着いたので、今の一発で許してやることにした。
※
それからはせきを切ったように数字が埋まっていったが、最後は宮瀬が三回目のパスを使ってしまい、七並べが完成する前に負けが確定した。
「もっかい! ねぇ、もっかい!」
「ふぁ……。そろそろ消灯時間ですし、もう寝ませんか?」
葉月は大きな欠伸を噛み締めながら言った。
あぁ、おねむの時間か。
寝る子は育つっていうもんな。
……本人の希望とは別の場所だけが育っているようだけど……。
徹夜ゲーが平気な僕でも、さすがに目がショボショボしてきた。
身体もダルいし、当たり前だが戦闘でかなり疲れているようだ。
「もっかい! もっかいだけ! 勝ち逃げはこのアタシが許さないわよ!」
あれだけ動いて、更に疲労の激しい技を使ったというのに、宮瀬はまだまだ元気のようだ。
「さぁ、カードを――!」
フッ、と一瞬にして教室が真っ暗闇になる。
なんだなんだ?
停電か?
「ギャーーー!! ちょっ、なになにーー!?」
パニクった宮瀬が僕に抱きついてきて、身体をグイグイと押し付けてくる。
こ、これは……!?
男なら是非遭遇したい、ラッキースケベの一つ……!?
筋肉質ながらも、女子らしい柔らかさを感じる。
本当に怖いのか、宮瀬は僕の肩に手を回し、引き寄せるように強く抱き締め……締め……締まってる!?
首! 首が決まってる!!
なんで自然にチョークスリーパーの形になってるんだよ!?
ぐえぇぇぇ……こんなの……ラッキーでも何でもない……!!
「ちょっ、誰か……! ギ、ギブ……!!」
息も絶え絶えに助けを求めて手を伸ばすと、その先には――。
「……何を、しているの……?」
暗闇の中に、真っ白い顔だけがぼうっと浮かび上がっていた。
「ピギャーーー!! が、がが、学校の、オオ、オ、オバケーーーー!!」
「ぐふぅっ!! バ、バカヤロー! 痛ででっ! 俺を蹴ってどうすん――ぱぶぇっ!?」
オバケを追い払おうと必死に蹴りまくるが、全て大道寺に当たっている。
僕の方も更に強く締め上げられていくが、なんだかだんだん気持ち良く……って、落ちる寸前の反応じゃねーか!
「……夜戦を想定した訓練かしら? 熱心なのはいいけど、もう消灯時間は過ぎているわよ」
パッ、と教室に明かりが戻った。
照明スイッチがある教室の入り口に、フラッシュライトを持ったヴァルキリー先生が呆れ顔で立っている。
「え? あ、あれ、先生? じゃあ、さっきのは……。あ、あははー……。も、もう、ヴァルキリー先生ったらおちゃめさんなんだから……」
ようやく我に返った宮瀬は、僕を解放し、ふにゃふにゃと床に崩れていく。
あ、危なかった……!!
危うく一足先に【ヴァルハラ】へ逝く所だったわ……。
……蹴られまくった大道寺は、もう既に旅立った後のようだけど……。
それにしても、まさかヴァルキリー先生があんなことをしてくるなんて。
顔の割に結構なイタズラ好きだな。
「もー……だからアタシは反対だったんだよー……。夜の学校だなんて、ザ・いかにもって感じじゃんよ……」
「宮瀬、聞くまでもないと思うけど……オバケがダメなのか?」
僕の質問に対し、宮瀬は耳まで真っ赤にして頷く。
「えぇ、マジですか……? キックの悪魔がオバケ嫌いだなんて……。アレか? 蹴れないから怖いだとか、そういう脳筋的な発想なのか?」
「う、うるさい! ゾンビは平気だからオッケーなのよ! アンタがゾンビになったら、蹴りでヘッドショットを決めてやるから覚悟しなさい!」
何がオッケーなのか分からないし、照れ隠しの返答が恐ろしいよ。
宮瀬の言うように、僕らは今、最終防衛ラインにして拠点でもある学校で寝泊まりをしている。
使っていない教室を自分の部屋にしているのだが、まるで強化合宿か学園祭前のようで、なんとも変な気分になる。
「施設としての利便性から、ここが一番良い判断したのだけれど……分かったわ、生徒の主張は大事にすべきね。では、港にある民家を寝泊まりする場所に変更するわ」
「み、港にある民家? って、確か……この木造校舎よりボロくって、ホラー映画のセットみたいなあの民家? ……む、無理無理無理! あそこは絶対に無理!! 無理ったら無理!!」
宮瀬は青い甲冑よりも真っ青な顔で拒否する。
赤から青へと忙しい顔色だな。
「わーい、がっこうにとまれるだなんて、あたしうれしいなー」
「そう、それなら良いわ。明日の授業に影響が出ないように、早めに就寝なさい」
修学旅行中の先生みたいな言葉を残して、ヴァルキリー先生は教室を去って行く。
どうやら宿直室で寝泊まりしているようで、先生らしく学校の見回りもしているようだ。
ここに立ち寄ったのは、その途中だったのだろう。
「うー……葉月ぃー……。お願いだから一緒に寝てよー……」
「はいはい、分かりましたよ。私も一人より二人の方が良いですけどね。たーだーし! お菓子の持ち込みは禁止ですよ!」
「はーい。……葉月ちゃんって案外、寂しんガールだよね」
「……出入り禁止にしますよ?」
「ジョーダンよ、ジョーダン。そんなこと言わないでよー」
後ろから覆い被さって頬ずりする宮瀬と、迷惑そうながらも満更でもない顔の葉月。
なんだか姉妹みたいだな。
この場合だと、どっちが上になるんだろな?
二人は教室を出て、三階へと上がっていく。
部屋の割り振りは、女子は三階、男子は一階となっている。
「じゃ、また明日ねー」
「それじゃ、お休みなさいです」
「犬小屋に戻ってとっとと寝ろよー」
自然な流れで、同じく三階に上がっていく大道寺。
だが、すぐさま宮瀬に蹴り飛ばされ、階段を転げ落ちてくる。
……毎回毎回こりないヤツだな……。
「うー……犬飼ぃー……。お願いだから一緒に寝てよー……」
宮瀬の真似なのか、大道寺は甘い声で僕にすり寄ってくる。
キモい。
ただひたすらにキモい。
「……一応聞いとくが、もし僕がオッケー出したら、お前はどうするつもりなんだ?」
「ヒ、ヒエェェェーーーーッ!? 止めて! 来ないで! 気持ち悪い!!」
尻を押さえながら後ずさる大道寺。
キモいことを聞いて来たのはそっちで、止めて欲しいのはこっちのセリフだ。
「よーし、そこに立ってろ! お望み通り、太くて先の尖った鋭利なモノをぶちこんでやる!!」
「ダ、ダメェ! そんなの入れられたら、リアルに裂けちゃうよぉ!」
剣を振り回しながら追いかけていたら、騒ぎを聞き付けたヴァルキリー先生に見つかってしまい、部屋の前で夜が明けるまで正座をさせられた。
……だから、修学旅行かっつーの……。
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