第47話 月の光も届かぬ場所

 気づくと、20人くらいの人と密着していた。二畳くらいのトロッコ台に立ったまま揺られていた。

 ここはどこだろう。

 左右にそびえる緑色の壁はもったりとした表面をしていて、ぷつぷつと泡が立ち、弾けては消えている。


 ぷつ、ぷち、ぷつん。ぷつぷつ。


 唐突に理解した。

 ああ、‘ここ’か。

 私は‘還ってきた’んだ。

 どうりで身体がとても軽い。重荷すべてをあの世界に置いてきたから。

(体も物も関わった人たちも物事もあの世界で生きていた証すべてを)

 自分はあの世界でいう「死」を経て、目の前にある泡のひとつとして、あの世界でいう「あの世」に来たんだ。

 ああ。還ってきたんだ。


 緑の壁が途切れた。

 トロッコは線路しかない暗い通路を、ゆっくり、確実に進んでいく。


 コトコトコトコト


 同乗者は全員同じあっさりとした服装で、男、女、子どももいる。自分とおなじようにあの世界で死んで、還ってきた人たちだ。

 だいたいは進行方向をみているけれど

「どこに行くのかしら」「ね」

ワクワクした表情で楽しげにお喋りしている女性や

「ここは、どこだ。下ろせ、い、嫌だ、やめろ、うわあ」

怯えた顔で柵にすがりついてる男性もいた。


 ガックン


 遊園地の乗り物のようにトロッコが90度曲がった。

 おおきく揺れたけど、バランスを崩すほどの揺れじゃない。

「あら揺れたわね」「そうね」

「うわあああっ」

 怯えていた人があの揺れでバランスを崩してトロッコから落ち、線路脇の闇に消えた。

 だけど誰も気に留めない。自分も気に留めない。

「あらまあ」「そこって落ちるのねえ」「どこに向かうのかしらね」


 コトコト、ガックン。

 コトコト、ガックン。


 トロッコは何度も右に左に曲がった。その都度ひとりふたりと減ったりした。

 このままかなと思っていたけど。


 ゴトン。


 トロッコが止まった。

 そこは無人のプラットホームのようだった。

 一方向のトロッコの柵が自動的に開き、乗っている全員がぞろぞろ静かに降りていく。

 プラットホームは薄暗い通路になっていて、美術館みたいだ。

「こちらへどうぞ」

 白い制服を来た案内係がいて、一方を指した。

「今度はなにかしらね」「うふふ」

 聞こえてくるおしゃべりに、自分もなんとなく頷く。今度はなんだろう。

「あら、今度は広いわね」「そうねえ」


 通された場所はとても広いフロアだった。同じ色の天井と床と壁のようだけど、どこまで広がっているかわからない。床には白い正方形の台がちらほら置いてあり、それがライトの役目にもなっている。屋内の人々をほんわりと照らし、自分たちと同じ服装の人たちが大勢いるとわかる。

 トロッコから降りた人たちは、さわさわとフロア内に広がっていった。

「それでね」「あらまあそうなの」

 おしゃべりしている人たちは、まるで公園散策でもしているように楽しげに歩いていった。自分はーー。

 ここは静かで、広い。

 フロアの先客たちは、静かに散策していたり、白い四角を覗き込んで腕を組んでいたり、四角に腰をおろしたり、床に寝転がったり、眠っていたり、めいめいのんびり過ごしている。やっぱり美術館みたいだ。

 それにしても。この、オブジェになりライトになり椅子になる四角はいったいなんだろう。

 見ると、文字が書かれていた。


 空は高みにありますか。


 うん。

 単純にうなずいた。そう思った。

 へえ。どうやら意味があるようんでない言葉が書かれているらしい。おもしろいなあ。ほかの四角にも行ってみよう。


 造られたものは壊れるか。


 うん。またうなずく。

 次はなんだろう。全部制覇したい。すこしわくわくしながらフロアを右往左往した。


 空気は熱いですか。

 怒りは冷たいものか。

 銃は建築物で造られているか。

 たまごは生まれたのか。

 遅いと落ちますか。


 石の問いかけはどれも短く簡単で、うなずいたり、違うとも思った。ひとつも迷わず答えが出た。おもしろい。

 あっちに行きこっちに戻りしているうち、とうとう問いの石が途切れてしまった。見ていないものは無いのか見渡していると、白い服を着ている案内係と目が合った。手招きされる。

「こちらです」

 どうやら終わったらしい。

 指された扉に手をかけ、押した。少し重い。


 ああ。

 ふわりと光が射した。

 そこはおおきなホテルのロビーだった。


 さわさわさわさわ

 

 たくさんの人たちが行き交っている。ここはおだやかで、やさしくて、静かで、落ち着いている場所。

 自分のよく知っている場所。

 ああ。

 還ってきたんだな。

 じゃあまずはお風呂に入ろう。大浴場に行こう。



 ここで目が覚めた。

 死んだら行く場所だと思った。

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