第40話 相応

「起きろ」

 乱暴にこづかれて目を開けると、30代の背広男が不機嫌そうに覗き込んでいた。通りすがりの俺に目をつけて拾ったヤツであり、俺の上司だ。

「ったく…。はやく着替えろ。置いていかれたいのか」

 眠くてたまらず、布団から出る気にならない。ソファーに掛け布団を持ち込んで寝ているが、スラムにいた時からこれが一番寝心地がいい。

 もうすこし、と思っていたが乱暴に布団をはがされた。

「着替え…てたのか」

「はあ」

 着ているのは、ぐしゃぐしゃの白いYシャツとシワだらけのスラックス。昨日、仕事が終わったままの格好だった。

 上司がテーブルを見やる。そこにはやりかけの子供向け漢字プリントの束があった。仕事から帰ってきて5分で投げた時のままだ。

「一応、やってるみたいだな」

「いちおーね」

「議長の護衛をやるんだ、字くらい読み書きできないと」

「うげえ」

 いつ殺されるかわからない所にいた俺は、手元の物なんでも武器にして戦える。気配だけじゃなく匂いもわかる。銃の匂い、血の匂い、向けられる殺意。すぐわかる。それを知ったコイツが仕事しろ助手をやれと、ここに引きずり込んだのだ。実際、何度かコイツより早く狙撃手を見つけて一撃で殺したほどだ。おかげで今は指名で依頼があるらしい。どれも高額の重要人物という話だ。コイツは俺の目に狂いはなかったと喜びつつ、バカっぷりに頭を抱えているが。

「それを持ってこいよ。漢字の勉強しながら移動だ」

「げげえ」

 行くぞ、と促す背中をのらりくらりと追った。

 俺は銃を向けられても死ぬ気はないが、漢字プリントで死ぬだろう。



 ここで目が覚めた。

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