第30話 ねんど

 文房具研究委員会のメンバーは男子3人女子1人の計4人というただの同好会だ。名のとおり文房具の研究をしてるかといえば、そうではない。しかしメンバーは「部」に昇格してほしいと訴える。無理な話だ。文房具研究委員会のほうは不満たらたらだが、生徒会側としては使わなくなった倉庫が使えるだけでもマシと思ってほしい。

 そんなわけで交渉はいつも平行線だ。生徒会側はほとんど相手にしていないが文房具研究委員会のほうは積極的で、今日もまた生徒会監視員の自分が呼び出されていた。活動PRをされても結果は同じなのだが。

 倉庫のなかには小学校の教材のようなおおきな分度器や三角定規が置かれ、部員が暇そうにくつろいでいる。いつもの光景だ。違うといえば、男子がめずらしく油ねんどをこねているくらいか。

「で、今日はなんですか」

「これ。これだよ」

 彼はねんどをこねながら言った。美術の授業で使うねんどが、高格交渉のひとつになるわけがない。あいかわらず生徒会をばかにしている態度も苛立った。

 答えはひとつ。

「帰ります」

 背中を向けるが、引き止められる。

「いいから、ちょっと見ろって!」

「なにが」

 部員のひとりが、コンパスをそのねんどに刺した。彼はそのままねんどをこねる。

 こねて、こねて、こねて。

 硬く尖った文房具だ、ねんどからはみ出すと思ったが、一向に姿を見せない。机の上にねんどを薄く平らに伸ばしても、そこにはもうコンパスはなかった。

 呑まれてしまったのだ。

 目が奪われる。

「なに、これ」

「こういうものを研究してんだよ、オレたち」

「へえ」

 感嘆が漏れた。こういうものを作っていたなんて知らなかった。

 ふと、他の部員たちに囲まれていることに気づく。ニヤニヤ顔に嫌な予感がしたが、ここで怯んではならない。言葉を強くしなければ。

「それで。話はなに」

 ねんどの主がにっこり笑った。

「実体験してもらおうと思って」

「実体験?」

 背後から女子が囁いた。

「監査のヒトは、ある先生がどうして休んでるか知ってるよね」

「脳溢血とかで倒れたって…」

 休みになった先生には心当たりがある。頭の固い先生で、規則ばかり気にしていて、生徒会にも口うるさいほどだった。数日前、放課後に倒れて入院したと聞いた時は、申し訳ないけどホッとした。

 私の答えに、部員たちが爆笑した。

「違う違う。そ、れ」

 女子はねんどを指した。

「あの先生、いつもうるさくてさ」

「部じゃないなら出てけって。あれ、単純に同好会ってのが気に食わなかっただけだよな」

「それでさ。やってみたらできたんだよね」

 クスクス笑う声が響く。

「できた、って」

「人がひとりくらい、いなくなっても別に困らないみたいだし」

「誰も、捜しもしないもんな」

 ねんどがこねられる。

「だから、監査のヒトがひとりくらいいなくなっても大丈夫」

 まさか、あんたたちが。

 そう言いたいのに声も出ない。

 肩を固定され、ねんどに手が包まれた。

 冷たいのか温かいのかわからない。油ねんどの感触だ。

 こねて、こねて、こねて。ねじって、ひねって、こねて。

 そのまま私の手がねんどごとこねられていく。どう見ても手を複雑骨折されてそうなのに痛くない。ああもう手首から先はねんどしかない。ああ腕が制服の襟が喉が顎が視界がねんどに呑まれていく。

 いったいどうなってしまうのだろう。



 ここで目が覚めた。

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