あの時のあの場所へ
「バカ靖人……バカ靖人……」
私は呪いの様に呟きながら、バチを太鼓に叩きつける。
「バカ靖人……バカはるとおおおおおお!!!!!!!」
仕舞いには連打をしながら名前を叫んだ。
フルコンボ!
十数人程集まったギャラリーから拍手が沸き起こる。
平日の昼間なのに、なんでこんなに人が集まっているんだろうと疑問に思う。仕事や学校はないのだろうか?
まあ、学校を途中抜けして、制服姿のままゲームセンターで時間を潰している私が言えた台詞ではない。
靖人に罵声を浴びせられ、泣きながら逃げるようにして学校を飛び出した私は、ショッピングモールの一角にあるゲームセンターにいた。
駅に向かう途中の道のりで、先ほどの出来事を思い返す。心の中に渦巻く複雑な感情は、次第に悲しみを通り越して怒りへと変わっていった。
なんで私が、あんな言われ方されなくちゃいけないの?
なんか私、悪いことした?
ていうか、そもそもそんなに怒ること?
なんであんなことで怒っているのか意味分からない。
もう、靖人なんて知らない!
あんな靖人、靖人じゃないし! バカ靖人!
どの道、真っ直ぐ帰宅するつもりもなかったので、ストレス発散にと昼間っからゲームセンターに寄ってしまう始末である。
まだまだ太鼓を叩き足りなかったが、何人も見ている中で連コインをするわけにもいかず、私は自動販売機で炭酸飲料を購入し、近くのベンチで休憩を取った。
擦り減った心に、炭酸がチクチクと刺さるような感覚。それが一層、私の怒りを増長させていく。なんだかどうしようもなく、イライラが止まらないでいた。
「バカ靖人……」
自分の中にある、怒りの原因を再確認するかのように名前を呟く。
怒りの矛先を全て靖人にぶつけた。
ただ本当は、何に対して怒っているのか自分でもよく分かっていない。
靖人に理不尽な罵声を浴びせられたから? もちろんそれもあるだろう。でもきっと、それだけじゃないはずだ。
冬華に靖人を取られて悔しかった。
でも今更、二人の邪魔をする気もない。割って入る勇気もない。そんな自分が嫌だった。
逃げ場として、涼くんの優しさに甘えた。そんな自分が嫌だった。
靖人への気持ちを思い出した。それでも何も変える気のない自分が嫌だった。
靖人への気持ちを忘れられなかった自分が嫌だった。
ただ悲しんでいるだけの自分が嫌だった。
結局私は、今の自分自身が嫌だった――
それでもやっぱり、靖人の事が好きな気持ちは変わらないし、忘れられない。
ならせめて、より強い感情で上書きをしてしまおう。
嫌な自分を靖人のせいにして、靖人を嫌いになってしまえばいい。
多分そうすることが、今の私にとって一番楽な逃げ道のはずだから――
炭酸飲料を全て飲み干し、俯いていた顔を上げる。
すると、通りかかった人と目が合った。私と目が合った人は、連れのもう一人に声を掛け、私の方を指差す。そして、その二人が私の方へ近づいてくる。
私は、全身の血の気が引いた――
「やあ、どうも。君、この前の子だよね?」
気さくな雰囲気で話しかけてくる二人組。以前、涼くんと金髪の大学生に絡まれた時に一緒にいた二人だった。いつもだったら身も心も竦んでしまっていただろうが、今の私はすこぶる機嫌が悪い。私はキッと二人を睨み返す。
「ああ、そんな身構えないで。この前のことを謝ろうと思って来たんだ」
「謝る……ですか?」
「そうそう。まあ、あいつだけを悪者にするつもりはないんだけど、俺らも言われて仕方なくって感じだったからさ。あの時本当に悪気はなかったんだよ。驚かせちゃってごめんね」
あいつとは金髪大学生のことだろうか? 少なくとも、今の二人からは低姿勢な態度で悪意は感じられない。それでも、私は彼らが涼くんにしたことは許せなかった。
「わざわざ謝りに来てくれた事は感謝します……それでも、私はあなた達を許せそうにありません……だって、あなた達のせいで涼くんは怪我をしてしまったのだから……」
普段の私なら、見ず知らずの男子大学生に対してこんなにハッキリと物言いは出来なかったと思う。多分私は、涼くんに怪我をさせてしまったことを思いのほか引きずっているだろう。本当に許せないのは私自身なのだ。
「は? あいつ怪我したの? お前なんか聞いている?」
「いや、俺は何も」
二人は顔を見合わせて不思議そうな顔をしている。直接手を下していないとはいえ、自分達のしたことを他人事のように話す態度に余計腹が立った。
「涼くんは腕を骨折したんです! 今もまだ固定されているし、全然治っていないんですよ!」
イライラした気分も相まって、つい口調が強くなる。こんなことを彼らに言ってもしょうがないのは分かっているはずのに……
「骨折? いや、さすがにそれはないでしょ」
「ないない。あれで骨折してるわけないって」
しかし二人は、私の言葉を冗談として笑い飛ばす。
もう、ここに居ても仕方がない。私が席を離れようとしたその時、私と大学生の間に人影が割って入った。
「は、靖人!?」
目の前に現れたのは靖人だった。学校にいたはずなのになんでここに……?
「すみません。ちょっと、機嫌が悪いので殴っていいですか?」
靖人は二人の大学生と向き合って言い放つ。
「は? 何こいつ。この子の知り合い?」
「殴っていいですか?」
「いや、ちょっと待てよ……なんだ、この理不尽の塊みてーな奴は……」
うん、私もそう思う。いきなり現れて殴っていいですかはさすがに酷い。二人の大学生は、靖人の理不尽な態度に引き気味だった。
「とりあえず殴りますね」
靖人は拳を握って振りかぶる。
「分かった! 分かったからちょっと待て! もう俺ら要件済んでいるからここを退散させてもらう! それでいいだろ!?」
両手を広げて後ずさる二人の大学生。その姿をみた靖人は掲げた拳を下ろす。そして大学生二人は、そのまま逃げるようにしてその場を後にした。
「……靖人?」
私は靖人の後姿に声を掛ける。
靖人は私を一瞥するとそのまま歩き始めた。
「え? ちょっと待って! 靖人!」
靖人の後を追いかける。しかし靖人はこちらには目もくれず、ひたすら歩き続けた。
「ねえ、靖人! ちょっと待ってよ!」
何度か声を掛けるも全く反応が返ってこない。私は靖人の少し後ろを置いていかれないように付いて行った。
そもそも何で私は靖人を追いかけているんだろうか? さっきまでは、話しかけられてもこちらから無視してやる! くらいの気持ちだったはずなんだけどな……
どうみても今日の靖人はおかしかった。やっぱり冬華と何かあったんじゃないかと考えてしまう。
少なくとも、今まで私はこんな靖人を見たことがない。
だから余計に気になった。
何が靖人をここまで変えさせてしまったのかを――
靖人はショッピングモールから真っ直ぐ駅へ向かっていた。駅の構内へ入り、改札の前で立ち止まる。釣られて私も一定距離を保ったまま立ち止まった。
「靖人……」
依然反応は返ってこない。私はただ、靖人の後ろ姿を眺めているだけだった。
そして沈黙の均衡を保ったまま、数分の時間が過ぎる。
先に口を開いたのは靖人の方だった。
「陽菜……」
「え!? 何!?」
私は靖人の言葉に飛びついた。
「さっき……学校では……俺が悪かった……ごめん」
そう言い切ると同時に、靖人は勢いよく改札を抜け、ホームへの階段を駆け上がって行く。
「え!? ちょっと待って!」
私も慌てて定期を出して追いかけるが、ホームに着いたところで靖人の姿はなく、電車は既に動き出していた。
「靖人……」
離れて行く電車を静かに見送る。
やっぱり――
もう一度だけ靖人と話がしたい――
それで何かが解決するとは思わないけど、靖人と話をしなくちゃいけない気がした――
私は次の電車へ飛び乗る。
靖人は多分、家には帰っていない。きっと家の近くのどこかに居るはずだ。
そんな確証にも近い想いを胸に、最寄駅改札を私は飛び出した。
「靖人……靖人!」
靖人への想いを胸に、私はひたすら走り続ける。
土手沿いの河川敷、遊歩道沿いの公園、昔良く遊んだ空き地、たまにしか行かないような公園。家の周り、靖人が行きそうなところはしらみつぶしに探した。見落としたんじゃないかと、何度も同じ場所を行き来した。
それでも――靖人の姿は何処にも見当たらなかった――
どのくらい探しまわっただろう? こんなに走り回ったのは初めてかもしれないと思うと、不思議と笑いが込み上げてくる。
諦めるつもりはないけど、身体はもう限界をとうに通り越している。
全身は汗でベタベタしていて気持ちが悪い……
フラフラと土手沿いを歩いている時、フッと河川敷を見下ろした。
「小学生の時、バーベキューをした場所って、確かあの辺だっけ……」
河原の近くはあの時と同じように、ススキが大量に生い茂っている。あそこは今でも全く変わらない。
あそこに靖人は居るはずがない。
だって靖人は、あの時のことを全く覚えていないんだから――
それなのに――なぜ――
なぜ、私はススキの茂みの前に立っている――
私は今一度踏み出した。
あの時――靖人への気持ちを失ったあの場所へ――
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