Broken hearts
泣き腫らした顔では誰にも会うことが出来ず、日曜はずっと部屋に閉じこもっていた。
何度か通知が来たけど、誰からかも確認せずにスマホも放置した。
思いっきり泣いてスッキリしたけど、靖人への気持ちを忘れることは出来なかった。
いつまで持つかは分からないけど、今の環境のまま、この気持ちと折り合いをつけていくしかないんだろう。
靖人は冬華と、私は涼くんと一緒にいればいい――
それで波風立たずにうまくいくんだったら、私は靖人を遠くから見守っていよう。そう決めたのだった。
月曜の朝はいつもと同じ時間、同じ車両に乗り込む。ここが登校時の涼くんとの待ち合わせ場所だった。
「陽菜ちゃん。おはよう」
涼くんはいつもと変わらない雰囲気で挨拶をしてくる。
「う、うん。お、おはよう」
私もいつも通りにするつもりが、涼くんの顔を見て動揺してしまう。土曜にキスをしてしまった事を思い出して、顔すらまともに見られていないんだけども……
私の動揺を察したのか、涼くんは土曜の事には一切触れず、昨日見たテレビ番組で面白かった話をしてくれた。いつもの雰囲気に、私の心も自然と軽くなる気がした。
ただ、冷静になった今なら分かる。
涼くんは私の事を、本気で好きじゃないんだと――
靖人と冬華を見て焦っていた私は、涼くんの言葉を信じていたけど、どうも涼くんから感じられる熱量は決して多くはない。今まで私に告白してきたその他大勢(失礼)の方が、私に対する思いは強かったようにすら思える。
多分、孤立しそうな私に気を使ってくれたんだろうと思う。
でも、そんなことのために身体を張って怪我までさせてしまった。
涼くんの真意は分からないけど、しばらくは変な詮索はせず、このまま甘えさせてもらおう。
少なくとも、その怪我が完治するまでは――
学校前の長い登り坂を二人で歩いていると、前方に冬華の姿が確認出来た。最近は靖人と一緒のはずが、何故か今日は一人だった。
「冬華!」
私は無意識のうちに、冬華の元へ駆け寄っていた。
「ん? 陽菜? おはよー」
冬華は立ち止まってこちらに軽く手を振っている。
「靖人は? 一緒じゃないの?」
「んー……靖人ねえ、連絡つかないんだよ……朝、いつもの電車に乗っていなかったみたいだし、メッセージにも既読つかないし…………まだ寝ているのかな?」
「靖人が寝坊って……前代未聞なんだけど……」
靖人は時間にはキッチリしているから、寝坊や待ち合わせに遅れるなんて考えられなかった。もし、あったとしても、連絡くらいはくれるはずだ。
「陽菜ちゃん。僕は先に行っているから、今日は千歳さんと一緒にいなよ」
私達の様子を見た涼くんはそう声をかけると、私の返事を待たずに先に歩いていってしまった。
「冬華。この土日で靖人となんかあった?」
先に行く涼くんを横目で見送りつつも、この二人のことが気になって仕方がなかった。
「いやあ……別になんもないと思うけど?」
冬華はあっけらかんとした表情で話す。
「ふうん、そうなんだ……」
なんか納得いかなかったけど、それは多分、私が二人に何かあって欲しいと暗に願っているからなのだろう。このまま二人がうまくいったとして、私は二人を心から応援することは難しそうな気がした。
午前中、靖人は結局学校には登校してこなかった。
担任や翔太くんでさえ、靖人から連絡は受けてないという。
遅刻すらしたことのない靖人が、無断欠席をするなんて普通じゃ考えられない。私はなにか、ただならぬことが靖人の身に起きているんじゃないかと気が気じゃなかった。
昼食は少し久しぶりに、教室で冬華と奈津との三人で食べることにした。
「あんた達、あたしを退けものにしやがってええ……」
と奈津に泣きつかれたが、冬華に軽くあしらわれていて、少し不憫に思った。
食事を終え、三人で談笑をしているところに涼くんが声をかけてくる。
「陽菜ちゃん。これ、先日話していた映画の試写会のチケット。兄さんか二枚らもらってきたよ」
涼くんの手には封筒があった。それをヒラヒラさせながら存在をアピールしている。
「本当!? やったあ! 嬉しい!」
私は急に立ち上がり、封筒に飛びついた。
「あー、でも、そのチケットもらう代償に、僕は兄さんの手伝いしなきゃいけないことになってさ……丁度試写会の日だから僕は一緒に行けないんだ。だから代わりに誰か別の人と行ってきなよ」
そう言って私に封筒を手渡した。
「うーん……そうなんだ。ねえ、冬華はこの日空いている?」
私はチケットを出して冬華に見せる。
「どれどれ…………うーん……この日は家族で出かけなきゃいけないって言っていたから、私は無理だなあ……」
「奈津は?」
「私はこの日記録会。時間的にギリギリ間に合うけど、汗かいた後に直行映画館はパスかなー」
「えー……じゃあ……どうしよう……」
私は両手で持ったチケットを物憂げに見つめる。
すると、教室の扉が少し乱暴に開かれた。
「靖人……?」
教室に入ってきたのは遅れて登校してきた靖人だった。
でも……なんか……靖人じゃないみたい……
私はいつもと違う雰囲気の靖人に少し怯えた。
「うおおい靖人! どうした!? 重役出勤か!?」
すかさず翔太くんが靖人の元に駆けつける。
しかし、靖人は翔太くんの横を通り過ぎ、自分の席に乱暴に座った。
「おいおい靖人! 無視すんなって! ……なんか、あったのか?」
靖人は横目で翔太くんを見て「悪い……ちょっと調子悪くて」と雑に返事を返した。
それを見ていた涼くんが、私の手元からスーッとチケットを抜き去り、靖人の元へ歩き出した。
「やあ、靖人。調子悪そうだけど大丈夫? それで調子悪いところ悪いんだけどさ、この映画の試写会、陽菜ちゃんと一緒に行けないかな?」
涼くんはチケットを靖人に差し出す。しかし靖人は受け取らず、横目で見るだけだった。
「俺が陽菜と? なんで?」
「他に誰も行ける人がいないからだよ。一人で行かせるのも可哀想だから、一緒に付いていってあげてよ、幼馴染なんだし」
「…………行かない」
冷たく言い放った靖人は、涼くんの方を見ていなかった。
「えー、どうせ時間あるでしょ? そんなことに言わずにさあ、もうちょっと考えてよ」
しかし涼くんは怯まずに靖人に説得を試みる。
「あー、もう、うるせえなあ……行かねえって言ってんだろ! お前がなんとかして時間作ればいい話だろ!? 俺になんでもかんでも陽菜を押し付けるな!!!」
靖人は声を荒げて叫ぶように言い放つ。クラスの空気が完全に凍りついた。
私は――今の靖人の言葉が胸に刺さって激しく痛んだ――
私は、今まで靖人のお荷物だったんだろうか……
溢れだしそうな涙をグッと堪える。
「本当に……どうしたんだい、靖人? 千歳さんならその日に用事があるって言っているから、靖人は彼女に時間をとることは無いはずだよ。なら、一緒に行ってあげればいいじゃないか。まさか、他の女に夢中だから、仲の良かった幼馴染はもう用済み、なんてことはないよね?」
涼くんも棘のある言葉で靖人に言い返す。
「お前……喧嘩売ってんのか!!!」
靖人は立ちあがり涼くんの胸ぐらを掴む。
「なんだ……殴るのかい? こんな安いやつだと思わなかったよ、靖人……」
靖人の握る拳に力が入る。
「ちょっとやめて!!!」
私は二人の間に飛び込んだ。靖人は涼くんを離し、私と向き合う。
「今日の靖人おかしいよ!! 本当にどうしちゃたの!?」
「陽菜は関係ないだろ」
「だって元はと言えば、誰が私と映画に行くかって話でしょ!? 私は一人でも行けるから、もうこんなことで揉めないでよ!!!」
靖人は深く溜め息を吐く。
「分かった……だからもう、あっちいけよ」
「え……? なに…………それ…………?」
「目障りだから消えろって言ってんだよ!!!!」
靖人の罵声は教室中に響き渡る――
「そう……だよね……私は靖人にとって邪魔な存在だもんね……お荷物だもんね……私は靖人の傍にいたらダメなんだよね……ごめん、ごめんね……」
一昨日あんなに泣いたのに、こんなにも簡単に流れ出てくるものなのだろうか。
涙でぼやけている視界の中、フラフラと自分の席に行き、鞄を持った。
「え? ちょっと……陽菜?」
冬華が心配そうに声をかけてくる。
「ごめん……私、帰るね」
そう告げると、私は教室を飛び出した――
靖人を好きな気持ちを思い出して泣いて――
靖人に否定されてまた泣いて――
私の壊れた心は、どこに持っていけばいいんだろう――
私は校門を出て坂を駆け下りる。
***
陽菜が教室を飛び出した後も、教室は静寂の余韻を残していた。
立ちつくす靖人に翔太は近づいた。
「おい! 靖人! 今のはなんなんだよ! いくらなんでも言いすぎだ!」
「…………」
靖人は無言のまま自分の席に座り、両手で頭を抱える。
「おい………………靖人?」
靖人の身を案じた翔太は、肩にそっと手を差し出す。
「…………悪い……俺も帰るわ」
靖人はそう言って立ちあがった。
「は? 帰るって、お前、今来たばかりじゃ――」
「悪い……」
翔太にそう言い残し、靖人は静かに教室を後にした。
教室にいた全員が、事の一部始終に呆気を取られている。靖人を見送った翔太は、すぐに次の行動に移す。
「はいはい! 皆、散って散って!」
クラス中に声をかけ、凍りついた空気に終止符を打つ。
「ったく……今日の靖人、ホントどうしちまったんだよ……なあ、涼」
翔太が教室を見回すと、涼の姿は見えなかった。
「あれ? 涼は?」
「涼くんなら、靖人くんが出て行った後に教室から出て行ったけど……」
翔太の近くにいた奈津がそれに答える。
「でも本当にビックリしたあ…………ねえ、冬華。靖人くんと何かあったんじゃないの?」
奈津が教室を見回すと、冬華の姿も見えなかった。
「って、あれ? ……冬華?」
翔太と奈津は頭に疑問符を浮かべ、お互い顔を見合わせた。
それから涼は、体育館近くの自動販売機の前にいた。清涼飲料水を購入し、勢いよくそれを流し込む。
「……ふぅ」
涼は石畳の上に座り、小さなため息を吐く。
そこに冬華が近づき、涼に声をかけた。
「ねえ、涼。さっきの、どう思う?」
冬華に気付いた涼は、立ちあがって向かい合う。
「そうだね……あんなに感情を顕わにする靖人は初めて見たよ。正直、驚いた」
「そう……だよね……大丈夫かな、靖人……」
「大丈夫だよ……きっと。それに、もうすぐ終わるはずだ。全ては君が望んだ通りにね、冬華」
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