The last weekend

Back Ground

「はあ……あんたの顔見ながらお昼食べるの飽きてきたわ……」

「ん? 俺は別に他のやつらと食べても構わないんだぜ」


 いつも通りの昼休み。岩城翔太と峰谷奈津は一つの机に向かい合って、二人だけで昼食を摂っていた。翔太は奈津の言葉を意に介さず、何食わぬ顔で弁当を食べ続けている。


「他に当てがあるならご自由にどーぞ」

「くっ……言ってくれるじゃない……」

 奈津は悔しそうに唇を噛みしめる。


 学園祭が終わって彼らの身辺状況は一転した。

 翔太と一緒にいた靖人と涼、奈津と一緒にいた陽菜と冬華、それぞれが別行動を取ることが増え始めたからである。

 顕著なのがこの昼休み。靖人と冬華は主に屋上庭園、涼と陽菜は主に噴水広場で昼食を摂るようになっていた。

 そして、残された翔太と奈津が成り行きで昼食を摂る形になっている。

 翔太はクラスの中心なので、他のどのグループに入ろうが問題はない。しかし奈津の方は、この急な状況に対応しきれなかった。

 校内一の美少女と名高い陽菜、学園祭で最も注目を集めた女子冬華、この二人と共に行動出来るのは、そこらへんの平凡な女子ではなかなか釣り合わない。

 奈津もまた、体育会系女子の中ではアイドル的存在で、それなりの人気を誇っていた。

 この三人は他の女子からしたら高嶺の花のような存在、といえば聞こえはいいが実際には近寄りがたい存在だった。

 陽菜と冬華から切り離された奈津は、クラスの他の女子の輪に入りづらかった。しぶしぶ部活仲間の元へ行ってみるが、すでに他のクラスの子達とグループ形成されており、今更入りづらい雰囲気を遠巻きに眺めていることしかできない。それは、部活の先輩や後輩の場合でも同じだった。

 結果として、また一人教室に戻ってきたところを翔太に捕まり、それ以来二人で昼食を摂るようになっていたという経緯がある。奈津は翔太の機微の良さに救われていた。


「二週間程度で飽きられても困るな。まだ十一月に入ったばかり。高校二年はまだまだ終わらないんだぜ」

 翔太は最後の卵焼きを口に運び、弁当箱を片付け始めた。奈津の方は食が進まないらしく、頬杖をつきながら箸でご飯をつついて遊んでいる。


「ていうかさー。実際どうなの? あの四人」

「はあ? 俺に聞くなよ」

「あたしだって、なんか突っ込んで聞きづらいのよ。陽菜も冬華もまだお試し期間、みたいなことは言っていたけど」

「お試し期間ねえ……あいつら……自分達の影響力分かってんのかな」

 翔太は遠い目で窓の外を見た。


 陽菜と涼の人気は男女別で間違いなく校内一であったが、その下の二、三を争う位置に靖人や冬華はいた。靖人はもともとクール系インテリ男子として人気が高く、冬華に至っては学園祭MVPを獲ったことも後押しして、陽菜をも食いかねないほどの人気上昇株だった。

 いまやこの学校内で、二大カップルの成立を知らない者は一人もいない。

 当人たちはまだ、付き合っているというつもりはないらしいが、周りの認識はそれと一致してくれてはいない。当人達の都合を差し置いて、誰しもがお互いを認めて付き合っているものだと思っている。

 そのため、絶望の淵に立たされ自暴自棄になる人や、ショックで寝込み学校を休みがちになる人が続出。好きなアイドルや芸能人の熱愛報道がされたかのように、学校内の士気は著しく低下していた。

 秘密裏に活動していたファンクラブも、いくつか解散に追い込まれたという噂もある。

 そんなこと、当人たちは知る由もなかったが、涼だけは若干確信犯の疑いも残る。


「奈津、弁当食わねーの? いらないんならその唐揚げくれよ」

 翔太はほとんど手つかずの奈津の弁当を覗き込んで言う。

「唐揚げ? いいよ。はい」

 奈津は頬杖をついたまま、気だるそうに唐揚げを箸で掴み翔太の口元へ差し出した。

「えーーっと……これは頂いてもよろしいんでしょうか?」

 翔太は想定外のシチュエーションに戸惑いを隠せない様子。

「え? なに? いらないの?」

 それに対し奈津は、すぐに口にしない翔太に少し苛立ちを感じているようだった。

「あ、じゃあ、失礼します!」

 翔太は箸を引っ込められる前にと、慌てて差し出された唐揚げを口へ頬張った。


「んーー? なんか余りもの同士でイチャイチャしているやつらがいるなあ」


 その様子を見て声をかけたのが、同じクラスの金元辰彦だった。辰彦は二人のやり取りをニヤニヤしながら眺めている。


「別にイチャイチャしてないし。っていうか余りものとか言うな!」

 奈津は不服そうに言い返す。


「えーー? でも今、峰谷さん、翔太にあーんってしてたよねー? いやー、仲いいなー、羨ましいなーって思ったんだけど」


「え? え? あたし今そんなこと…………あーーー!! 違うの! そういうんじゃないの! 間違い! 間違いだから今のは忘れて!!」


 奈津は自分の行動に自覚がなかったらしく、言われて自分の行いに気付いたようだ。顔を真っ赤にして、必死に弁明している。


「奈津、おかわり」

 翔太は二個目の唐揚げも頂こうと口を開けて待っている。

「もうやるわけないでしょ!」

「いいじゃん。俺たちの仲の良さを見せつけてやれば」

「調子に乗るな!」

「あだあああああああ!!!!!」


 奈津は翔太に目潰しをした。これが結構まとも入ったらしく、翔太は両目を押さえて必死に悶えている。それを見た辰彦は腹を抱えて爆笑していた。


「あーはっはっは! でもいいんじゃねえの。結構お似合いだぜ、お前達」

「冗談は辞めてよね。誰がこんな奴」

 辰彦に言われて、奈津は翔太を卑下した目つきで見る。


「てかさ、金元くんも中等部組だよね? 金元くんから見てあの四人、どう思う?」

「あの四人ねえ……確かに俺は中学からあいつら見てきたけど、ちょっと違和感が拭えないかな」

「違和感?」

「うーん、違和感っていうか、靖人と佐倉さんが一緒じゃない光景ってさ……なんか見慣れないんだよね。あの二人はナチュラルに一緒にいることが多かったから」


「まあ、あの二人はお互いに好きじゃないって言っていたし、本当にそうだったのかもしれないよね。でもあたし、涼くんは冬華に気があるんじゃないかと思ってたんだけどなー」


「なんで涼と千歳さん!? あの二人全然喋らないじゃん! ていうか幼馴染の親友同士のクセしてむしろ仲悪そうじゃん!」

 目潰しから復活した翔太が会話に割って入る。


「んー……なんか涼くんの冬華を見る視線が、他の人とちょっと違う気がするんだよね」

「はあ? そりゃそうだろ」

 翔太は真顔でさも当たり前のように言う。

「え? なんでよ?」

「だって、涼は巨乳好きだ――――ってあだああああああああ!!!!」

 奈津は間髪いれず無言で再び目潰しをした。


「あははは、ちょっと峰谷さんやりすぎ。さすがに翔太が可哀想だよ」

「ふん。これでもやり足りないくらいだわ」

「手痛い愛情表現ですねえ」

「ちょっと! 本当に辞めて!」

 奈津は脹れっ面で辰彦を睨む。


「まあ、でも峰谷さんまで彼氏持ちになったら、学級閉鎖になるクラスが出てきてもおかしくないよね」

「あたしにそんな影響力ないし! ていうか今、そんなに欠席者続出しているワケ!?」

「そんなわけないだろ」

 翔太は両目を手で覆いながらまた会話に参加する。これは三度目の目潰しを警戒しているのではなく、単純に痛みがまだ引かないからのようだ。


「はは、学級閉鎖は少し誇張しすぎたかな。全体で見てもショックで休んでいるのは数人みたいだけどね」

 辰彦は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。

「それでも数人はいるんだ……それってファンっていうより崇拝のレベルだよね、きっと。でもなんで今まで靖人くんと陽菜の仲の良さ見てそうはならなかったのかな?」

 奈津は不思議そうに首を傾げた。


「欠席するほどの崇拝者は、主に涼のファンだったやつだな。女って生き物は好きなものに酔狂過ぎる。それと、靖人と陽菜ちゃんの関係がファン達に問題視されていなかったのは、恋愛しているとみなされていなかったからだろうな」

「あら、随分と分かったような口ぶりじゃない」

「個人的な見解だけど。今回、学校中が騒いでいるのは、四人が恋愛をしているという認識が広まったからだと思う。それも人気者同士がくっついちゃったものだから、一般市民からしてみたら階級の違いを嫌というほど思い知らされたんだろ。まあ、あの四人の恋愛事情に割って入れるやつなんかそうそう居ないだろうよ」


「確かに中学の時から恋愛に興味ないですオーラ出ていたからね、あの四人。特に涼なんか社交的だから色んな女子によく話しかけられるんだけど、必要以上に仲良くなろうとはしないんだよな……見た目から女好きそうなのに。それもやっぱり佐倉さんへの想いがあったからなのかな……」


 靖人と冬華についての詳細を知る者は少ない。周りとしては、気付いたら付き合っていたというような認識である。

 しかし涼と陽菜に至っては、涼自身が自分から告白したと公言していたので、その事実が衝撃となって瞬く間に広がっていた。


「え? 中学時代の涼ってそうだったの? いや、俺そんなに付き合い長くないから知らなかったけど、最近の涼って割と女好きな感じじゃない?」

「うん、最近はね。でも中学に入学したての頃なんかは、逆に女の子を避けているかと思うくらい謙虚だったよ」

「はあー、中学時代の話って意外と聞かないから貴重だわー。ねえねえ! 他になんか面白そうな話ないの?」

 奈津はウキウキした表情で辰彦に食ってかかる。いつの間にか目の前の弁当箱は片付けられていた。


「ええっ? 別に面白い話なんかないって……そこまで仲良かったわけじゃないし、そんなに詳しくは……」

「いいから、いいからー。冬華とか中学時代の交友関係どうだったの?」

「うーん……千歳さんはかなり積極的に男女問わず話しかけていたような気がするな。最終的に佐倉さんと一緒にいることが多くなったけど、一年生の頃なんかは色んなクラス渡り歩いていたよ」

「へえ、それも意外」


 奈津が意外と感じるのは前述したように、陽菜と一緒にいることによってだんだん周りが近寄りがたくなっていったからである。


「なんか中学時代の面白エピソードとかないの?」

「だからそんなんないんだってー」


 奈津と辰彦が四人の中学時代の話で盛りがっているのを横目に、翔太は最近の四人のことを思い返す。


「俺にはあいつらが本気で恋愛しているようには思えないんだよな……まあ、本人達が納得しているなら別にいいんだけど」


 呟くように言った翔太の言葉は、奈津と辰彦には届いていなかった。

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