学園祭 二日目
「んー! 解放感! 風が気持ちいい!」
冬華は噴水の前で両手を伸ばした。
演劇部の公演は一日目の一回のみだった。昨日の帰りに冬華から聞いた話によると、一月に行われる高校演劇大会の地区予選登録を検討中らしく、参加するようなら十二月から部活動を再開するようだった。それまでの間、遊びまくると宣告されてしまっている。
「あ! パフェ! パフェ食べたい! ちょっと買ってくるね!」
そう言って元気な足取りで露店へ向かって行った。
結局俺は、学園祭二日目の今日も冬華と二人だけで行動している。
「昨日すっぽかされた埋め合わせで奈津を連れまわす予定だから、靖人はゆっくり冬華と回ってきてよ」
と、今朝陽菜に言われたので成り行きというか、若干策略的なものを感じつつも冬華と二日目を回ることにした。
「じゃーん! ジャンボストロベリービッグパフェ! この圧倒的名前負けしているボリューム感! まあ、高校の学園祭じゃあ仕方ないね」
深さのある紙皿にフレークが敷き詰められ、その上にソフトクリームがいびつな形で巻かれている。その周りにはカットされたイチゴとストロベリーソースが適当にかけられた、パフェと呼ぶにはあまりにもクオリティが低い物を冬華は持ってきた。
「これいくら?」
「ん? 200円」
「ならそんなものか」
「でしょ?」
冬華は空いているベンチに座ってパフェを頬張る。俺も隣に座って食べ終わるのを待つことにする。
「あ、靖人も食べる? ほら、あーん」
冬華はソフトクリームが乗ったスプーンを俺に差し出してきた。俺はそれを口にする。
「え!? 嘘……食べた……冗談でからかったつもりなのに……」
ジト目で俺を睨みつけてくる。
「ねえ、靖人。もしかして。もしかしてだけど、陽菜といつもこうやって食べさせ合いとかしてたりする?」
明らかに声のトーンが低い。なにやらお怒りの様だが、さすがに俺もそこまで鈍くはないので事態は察した。
「いや……いつもって事はないけど味見程度にたまになら……」
正直には話したが、自然と目線は逸らしてしまった。
「ふーーん。そーなんだ。へー。まあ、陽菜となら仕方ない気もするけどー」
「なんか、ごめん……」
「なんで靖人が謝るの? 別に私は靖人の彼女じゃないんだしー。靖人がどこで他の女と何していようが、私にはとやかく言う権利なんか全くないわけだしー」
言葉で胸を抉られるような感覚に捕らわれる。
「いや、俺だって分かるよ。あーんって恋人同士がちょっとは憧れるシチュエーションで、それを陽菜と日常茶飯事的にやってるってのが自然じゃないことくらい。でも、今に始まったことじゃなくて、幼少期からの普段やってたことだから別に特別に感じてないというか」
出来るだけ必死に弁明しようとするが、なかなかいい言葉が浮かばない。俺のその様子を見て冬華はぷっと吹き出した。
「あははは! 靖人面白い! そんなに狼狽える靖人ってなかなか見られないよね。あ、別に怒ってないよ。やっぱりね、とは思ったけど。一段目でからかえなかったから、二段構えで意地悪してただけですー」
冬華はニヤニヤと本当に意地悪そうな顔になっている。
「今のうちに話しておくけど、俺と陽菜って色んな線引きが曖昧なところがあるんだよな。二人にとって当たり前だけど、一般的に見たらえっ? って思われるような事が他にもあるかもしれない」
正直に告白したつもりだったが、俺にとっては伏線を張ったようなものだった。事あるごとに弄られるのはあまり望ましくない。
「そのくらい分かってるよ。ちょっと嫉妬しちゃうこともあるけど、まあしょうがないかなって思う。私にとっては大事なのはこれからなんだから、今までの事掘り返したって仕方ないでしょ」
冬華は優しく笑いながら言った。
「まあ、俺も今後は自覚して気をつけるようにするよ」
「うーん、別にそこまで意識しなくてもいいんだけどな。今まで通りにしてくれたらそれでいいよ。でもさ。なんか陽菜、最近私たちに気使ってない?」
「多分、使ってるな」
「だよねえ。二人とか皆でいるときはそうでもないんだけど、私と靖人が一緒になるとすごい距離感を感じるんだよね。そんなに気を遣わなくてもいいんだけどなー。なんたって肝心の靖人はまだ私の事好きじゃないみたいだし……ね?」
冬華はひょこっと俺の顔を覗き込んだが、俺は反射的にフイっと目線を逸らしてしまった。
「ほう、反応が肯定的だね」
冬華は目を細めて言った。
あの告白以来、冬華と過ごす時間は確実に増えた。遊びに行く時間は無かったけど、話す時間は多くなった。以前よりも、冬華との距離は確実に縮まっていると思う。
しかし、俺の心境の変化は全くと言っていいほど無かった。
最初はもっと簡単に、単純に考えていたんだと思う。
今までは恋愛をする機会が無かった。でも今は、自分に好意を寄せてくれる女の子がいる。
告白されて悪い気はしなかったし、一緒に居ればおのずとそういう感情が芽生えてくるもんじゃないかと思っていた。
でも、実際そうはならなかった。
まだあれから一月も経っていないから、もしかしたら時間が足りないだけなのかもしれない。
でも、時間を重ねる毎に、別のある事に気付かされる。
俺には、何かが足りない。
俺には、誰かを好きになるための何かが足りないと感じた。
それは感情の欠落か。それとも別の何かか。やっぱり今は分からない。
そんな自分に、焦りや、怒りや、悔しい気持ちすらも湧いてこないでいた。
「むう……弁明は無しですか」
目線を逸らして黙っていると、冬華は不満げに口を尖らしていた。
「あ……いや……ごめん」
「もう! そんなにいちいち謝らないでよ! なんか本当に私が悪いことしてるみたいな感じになるじゃん! まあ、確かにおちょくってる私も悪いのかもしれないけど……」
最近増えた二人で話す時間の中で、良くある流れだった。
冬華は遠回りだったり直接的だったりするけど、自分への好意をふざけ半分で聞いてくることが会話の中にちらほら点在する。
それにちゃんと応えられない俺は、誤魔化したり謝ったりしか出来ないでいた。
「それにさ、何度も言ってるけど、靖人は靖人のペースでいいんだよ。私はいつまでも待ってるからさ」
そう言って、いつもの様に優しい顔で笑うのだった。
「結婚適齢期過ぎても知らないぞ」
「そこまでは待てないよ! もうちょっと真剣に考えて!」
「ん? 俺はいつだって真剣だぞ」
「あんまり待たせて私に愛想尽かれても知らないんだから」
「いつまでも待ってるんじゃないのか?」
「時と場合によりますー」
「じゃあ、俺は愛想尽かれるな」
「諦めないでよ! もっと真剣に考えて!」
「俺はいつでも真剣だって」
「もう……いじわるだなあ……」
二人は顔を合わせて笑い合った。
今は、こうやって冗談にしているくらいが調度いい。
ただ、一つだけ気がかりがあった。
昨日の冬華の演劇で見たラストシーン。あれがどうしても脳裏に焼き付いて離れない。
キスシーンだから相手役の生徒に嫉妬をしているのかとも思ったが、別に相手はどうでもよかった。実際にキスをしていたわけでもないし、相手が誰であろうと構わない。
じゃあ何故こんなにも気になるのか。
それも今は分かりそうにもなかった。
俺は今までには考えられないくらい、不透明で掴みどころのない葛藤と戦っていた。
それから二人で学園祭二日目を堪能した。
堪能と言っても普通に露店回ったり展示回ったり、涼が手伝いに行ってるバンド演奏見に行ったりとありきたりの内容だったが、今年はそれなりに楽しかったように思う。
一緒に回る人物が例年と違うというのは、ちょっとした刺激だったのかもしれない。
学園祭は十四時という比較的早い時間に切り上げ、そこから後片付けが始まる。
クラスの出し物であるあの装置の製作に携わっていたいから、後片付けは手伝った。そこまで思い入れがあるわけではないけど、運搬途中で壊されでもしたら少しショックを受けそうな気がしたからだ。
そして十五時から体育館で閉会式が行われる。クラスによっては片付けが終わっていないところもあったが、総動員で片付けているわけでもないので、手の空いている生徒がバラバラと集まる。
参加しなくてもいいような閉会式だったが、割とほとんどの生徒が参加していた。
学園祭の目玉として、ナンバーワンのクラスの発表があるからだ。副賞としてクラス全員分の三日間学食タダ券が贈られる。これ欲しさに気合の入ったクラスの出し物は相当なものだった。
決定は生徒の投票で決められる。予め配られていた投票用紙に一番良かったクラスと、学園祭で一番輝いていた男子・女子名を記載して二日目の十三時までに提出する。一番になった男女がいるクラスにそれぞれ点数が加算される仕組みだった。
仕様上、どうしても自分達のクラスや生徒に票が集中するので、あまり意味がないようにも思うが、若干溢れるイレギュラー票を目的としているらしい。
自由投票の投票率を上げるには、その方が効率的だった。
閉会式が始まって間もなく、ナンバーワン男女が発表された。
男子の方は二日目の営業周りが功を奏した涼が選ばれた。涼はなんだかんだでクラスのために行動していた。ああいう行動力は素直に尊敬する。
そして女子の方は、まあ、本人が一番驚いていたけど冬華が選ばれた。
昨日の演劇部の動画を撮っていた奴がいたらしい。その動画がSNSにアップされていたようで、校内で軽く話題になっていた。
翔太的には陽菜が選ばれると思っていたようで、そのための一日目宣伝周り、という名の撮影会を目論んでいたようだ。もちろん翔太と涼で、そうなるように作戦を組み込んでいたようだが、票的には不発に終わってしまう。それでも陽菜は僅差の二位だったらしいが。
冬華の演技力が相当に評価された結果なのかもしれない。
結果的に男女票を獲得したうちのクラスが総合トップという結果で、今年の学園祭は幕を閉じた。
閉会式が終わって生徒がまばらに散り始める。片付けが無い生徒はこのまま帰宅が許されている。
うちのクラスの片付けは既に終わっていた。
体育館から出ようと歩き始めた時、冬華にブレザーの裾を引っ張られる。
そして冬華はそのまま俺の耳元に顔を近づけ、控えめな声で言った。
「今日は家まで送って」
二人で足早に学校を後にした。
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