二人と二人
靖人と冬華
いつもの様に下校し、いつも降りる駅よりもさらに三駅過ぎたところで下車をする。
慣れない道だったが、知らない道ではない通りを冬華と並んで歩く。
学園祭が終わるまで冬華は部活動で忙しかったので、二人だけで帰るのは昨日が初めてだった。昨日は俺が先に電車を降りたので、家まで送るというのも初めてである。
しかし、冬華の家に行くのは初めてではなかった。中学の頃、一度だけ陽菜に連れられて訪れたことがある。なので、冬華の家までの道のりは何となく覚えていた。
「だからやっぱり、大会には出ることになりそうかな」
冬華はそう言って軽くため息をつく。
「大会出るのは嫌なのか?」
「嫌じゃないよ。今まで頑張ってきたんだし、公の場で演じられるのはむしろ嬉しいくらい。でも、折角解放されたと思ったのに遊ぶ時間がなー……」
主演女優が人気投票女子一位を獲ったことと、SNSで話題になってる演劇のせいで、恐らく演劇部は年明けの大会に登録をするだろうとの読みだった。
そうなると年末年始はともかく、その他の冬休みは潰れてしまうことを危惧しているみたいだ。
「ただアレ。台本に難があるんだよね……だから最初から大会登録する話にはならなかったんだけど大丈夫かな……」
「台本が何かまずいのか?」
そういえば原作があるかとか陽菜が気にしていたけど、俺はあまり興味がなかったので特に話題には出していなかった。
「いや、アレ実は完全オリジナルなんだよね。学園祭に出すのにありきたりなロミジュリとかじゃつまらないだろうって部員皆で考えた話なの。それっぽい世界観でそれっぽい話を作っただけだから史実とか完全無視してるし、割と適当だったりするんだよね」
「大会だとオリジナルや史実を無視した話じゃマズイのか?」
「多分マズくないんだけど、結構ノリで考えた話だから、ちゃんとした大会に登録するにはちょっと抵抗あるかなーって感じ。まあ、私は三年になる来年が本番だと思ってたから、今年は結構遊び半分だったんだよね。もう充電期間に入りたいってのが正直なところかな」
そういいながら冬華は苦笑いを浮かべる。
個人的な感想として、冬華の演技力は確かに目を見張るものがあったけど、正直、他の部員の演技は並み程度としか感じられなかった。演劇については全くの素人だけど、恐らく全国大会までいけるレベルではないんじゃないかと思ったが口には出さなかった。
「まあ、ぶっちゃけ、他の部員の演技はザルだから全国まではいけないんだけどね」
言わずもがな、本人が一番良く分かっていたようだ。
会話をしながら住宅街を進んでいくと、やがて冬華の家が見えた。そんなに大きくはないが、壁の色は黒を基調としているシックな感じの一軒家だった。
家の前まで来て先に立ち止まると、冬華は急に振りかえってガシっと俺の左腕を強く掴んだ。
「ねえ、もしかして帰ろうとしてる?」
「うん、帰ろうとしてた」
「急に家まで送ってって言ったんだよ! 何かあると思わなかった!?」
「いや、何かあるとは思ってたけど、特に話題に出なかったから、やっぱり何もないのかなって」
すると冬華は俺の腕を掴んだまま、俯きながら小声で言った。
「なんか……ちょっと言いだしにくくて……」
「ちゃんと聞くから言ってごらん」
俺の腕を掴んでいた冬華の手がスルリと抜ける。そして、離した手を力なくダランと垂らしたまま言った。
「夕飯……食べてって」
「夕飯? まあ、御馳走になってもいいなら」
すると冬華はバッと顔を上げ、満面の笑みで言った。
「本当に? 本当にいいの!?」
「いや、俺は構わないけど……」
「はあ……良かったあ……断られたらどうしようかと思って、怖くてなかなか切り出せなかったんだよね……」
冬華は全身の力を抜き、安堵の表情を浮かべていた。
断る理由なんかないよ。と言いだそうとしたけど、その言葉を引っ込める。
他人の家で食事を摂る事に抵抗があるやつもいるだろう。しかし俺は、陽菜の家で……まあ、それなりの頻度で食事をしているものだから、特に抵抗は感じなかった。それが、慣れない他の女の子の家であってもだ。
「もしかして冬華が作ってくれるのか?」
「もちろん! 期待していいよ!」
家の門をくぐり冬華は玄関の前で立ち止まる。そして鞄から鍵を取り出すと、こちらを振り返り、にやーっと笑いながら言った。
「今、家、誰も居ないんだよねー」
それは明らかに俺をおちょくっている感じだった。やられっぱなしも癪なので、少しこちらも仕掛けてみることにする。
「そうだな。男女が二人きりだし、何か過ちが起こってしまうことを期待しちゃうよな」
俺はわざとらしく含み笑いをしながら言った。すると冬華は俺から視線を逸らし、みるみる顔が赤くなっていった。
「えーっと…………うん……心の準備は……しておくね」
まさかそんなに素直に受け止められると思わなかった。意外と単純なんだなと思ったけど、こちらも罪悪感にかられてしまうので執拗に攻めるのはやめておこう。
「ごめん、俺が悪かった。冗談だよ。何もするつもりはないから安心してくれ」
無外認定を宣言する。しかし冬華は顔を赤らめたまま、こちらをチラっと見て呟いた。
「本当に…………? 何もしないの?」
「何もしないよ。冬華はしたいのか?」
冬華は俺から目線を逸らしたまま少し考える。そして口を尖らせてポツリと呟いた。
「………………今は、まだいい」
「まあ、その方がいいだろうな」
俺も年頃の男子高校生なわけで、性的な知識も興味もそれなりには持っている。
ただ、今このタイミングではありえないだろうと思った。
少なくとも、今の俺はそういった形で冬華を受け入れる事は出来そうにない。冬華もそこは分かっているんだろう。ただただ、勢いに任せて行為に及んだとしても、虚しさだけが後を引きづりそうな気がしてならなかった。
家に這入り、リビングに通されてダイニングテーブルに待機させられる。
仕込みは済んでるからすぐに出来ると言って、冬華は制服の上からエプロンを付けて料理に取りかかる。
俺は待っている間、料理を作る冬華の姿をボーっと見つめていた。
なんだかとても新鮮で、期待に胸を膨らませる自分がいる。
陽菜は料理が出来ないから、同世代の女の子の手料理を食べるというのは初めての事だった。
学校ではそんな素振りは全く見せないが、実は結構陽菜はだらしない。
陽菜の家に居る時ですら「お腹空いたなー。靖人ー、なんか作ってー」なんて言われるのも良くあることだ。そして俺はいつも人の家の冷蔵庫を漁り、人の家の道具を使って料理をさせられている始末である。最近では慣れ過ぎて、陽菜の家族全員分の夕飯を作ってしまった事さえあった。
陽菜の部屋だってそんなに汚いわけじゃないが、ちょいちょい物が出しっぱなしだったりとかで、俺がよく片付けさせられていたりもする。
最近は陽菜の家へ行っていないから、ゴミ部屋になっていないか少し心配になった。
「はい、お待たせ」
目の前に出された大皿には、ケチャップライスの上に綺麗に形の整ったオムレツが乗っていた。そのオムレツの中心ににスーッと包丁を通すと左右に分かれ、中から良い具合に半熟になった卵が顔を出す。さらに手作りのデミグラスソースをかけてオムライスの完成だった。
「すげえ……」
思わず感嘆の言葉が漏れる。一級レストランで出しても遜色がないほど、美しい出来栄えのオムライスだった。インスタ映え間違いなしだ。
「もう。肝心なのは味なんだから、あんまり見てないで出来たてを早く食べてよ」
「いただきます」
俺はインスタグラムはやってないので、写真には収めず目の前のオムライスを口にする。
「ねね! どう? どう?」
食べる俺に冬華はグイグイ迫ってくる。口の中に広がる味に感想を考えた。
「…………」
「どう……かな」
ごくりと唾を飲み込む冬華を見て、俺は意を決して言葉を口にする。
「うん……普通のオムライス」
いや、おいしいのはおいしいのだが、味はどうも普通のオムライスの域を出ない。見た目のインパクトに味が明らかに負けていた。
ケチャップライスとデミグラスソースのバランスが少し悪いかな。見た目は負けるが、味だけなら俺の方がおいしく作れそうな気がした。
「そっかあ……味の方はまだまだ練習が必要だね」
最初から味には自信がなかったのか、あまり落ち込んだ様子もなく自分の分のオムライスをテーブルに運ぶ。そしてエプロンを外し、俺の向かいの席に座った。
「いや、普通のオムライスだけど。普通においしいよ」
フォローになるのかならないのか分からないような事を言ってしまった。それを横耳で聞きながらか、冬華は黙ってスプーンを口に運んだ。
「うん、普通! 次はもっと頑張らなくちゃだ」
冬華はそう言いながら楽しそうに笑う。
「アドバイスがあるとしたら、そうだな……ケチャップライスとデミグラスソースの味がしっかりしてるから、お互いに主張し過ぎてるような気がするな。ケチャップライスをバターライスに変えてみるともっとバランスが良くなると思うんだけどどうだろう?」
それを聞いた冬華は、目を丸くしてこちらを見ている。
「もしかして靖人、料理得意だったりする?」
「いや、得意ってわけではないけど、普通になら……」
「ふーん。自分の方がおいしく作れそうとか思ったでしょ?」
「……別にオモッテナイヨ」
動揺したつもりはなかったが、なんかカタコトの様なイントネーションになってしまった。
「あははは! ソレ全然誤魔化せてないよ! 一生懸命作ったのにヒドイなー。まあ、靖人と釣り合うような女性になるにはまだまだ修行が必要だね!」
笑われてしまった。まあ、笑って許してもらえるならコレはコレでアリなのかなと思う。
しかし、釣り合う――か……
「別に俺は特別な人間じゃないだろ。釣り合う釣り合わないなんてないよ」
そう思われているのが嫌で、つい反論してしまう。
「なんでもこなせる人に言われても嫌味にしか聞こえないなあ」
「嫌みのつもりはないんだけどな……それに俺は、冬華は自分に釣り合わないだなんて思ってないよ。今でも十分素敵な女の子だと思ってる」
するとみるみる冬華の顔が赤くなっていった。なんか変なこと言ったかな。
「だから……無自覚なクセにヘーキでそういうこと言えるのがズルイんだって……」
そう言って、冬華は目の前のオムライスを無言で食べ続けた。
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