学園祭 一日目③

 お昼を食べ終えると、私と涼くんは二人で他のクラスの展示を回った。

 思っていたよりも周りから注目を浴びている様子はなく、淡々としていたような気がする。

 他のクラスの出し物は学園祭の定番ものが多く、見慣れたというか見飽きたようなものばかりだった。そう考えると、うちのクラスの出し物はクオリティが飛び抜けている。他と比較するなら、わざわざ宣伝活動なんてしなくても口コミだけで人が集まりそうなものだった。


 時刻が二時半を過ぎた辺りで私たちは体育館へ移動する。体育館の中はパイプ椅子で敷きつけられていたが、ざっと見る限り席はほぼ埋まっているように見えた。

「うわー。人いっぱいだね……座れるかな……」

「後ろの方で立ち見するしかないかもね」

 入り口付近で立ち尽くしているとLINEの通知が入った。相手は靖人からで《突っ立ってないで早く来い》とだけ書かれていた。

 私は体育館内を見回すと、真ん中らへんの左端の席でこちらを見ながら軽く手を挙げる靖人を見つける。どうやら席取りをしていてくれたらしく、靖人の隣の席が二つ空いていた。

「涼くん。靖人が席取ってくれたみたい」

 私は靖人の方を指さしながら言う。

 すると涼くんはスルスルと人ごみを抜けながら歩き出した。私も置いていかれないように急いで後を付いていく。涼くんはストンと靖人の隣に座ったので、私は残った涼くんの隣の席に座った。

「靖人は何処で何をしていたのかな?」

 座るや否や、涼くんはニコニコしながら藪から棒に靖人に問いかけた。

「なんだよ。せっかく席取っておいたのに礼の一つもなしか?」

「席を取っておいてくれてありがとう。で、誰と何をしていたのかな?」

「いや、別に何をしていたってわけじゃないんだけどな。前の吹奏楽部の演奏聴いてたから、そのままの流れで席を取っていただけだよ」

「千歳さんとかな?」

 涼くんは変わらずニコニコしながら靖人への追及を続ける。冬華の名前が出て、靖人はチラっと私の方を見た。

「陽菜に聞いたのか?」

「まあ、大体ね。でも僕としては既にお察しだったから、敢えて説明もらうまでもなかったけどね。結局のところ千歳さんとどうなんだい?」

 私は告げ口をしたような気がして咎められるかと一瞬ドキっとしたが、涼くんが即答で応えてくれたので弁明する必要がなくなって安心した。靖人は私たちを一瞥してから小さなため息をつく。

「どうって言われても正直、俺が一番よく分かってないからな。とりあえずあんまり茶化すような真似して水を差してくれるなよ」

 靖人は簡単に吐き捨てるように言った。

「からかって遊ぶなよって釘を刺されちゃった。つまんないね」

 涼くんはニコニコしながら私に言った。最初から、からかって遊ぶつもりだったのだろうか。多分、そのつもりだったんだろうなと私は思う。


 気付くと時計の針は三時に差し掛かっていて、司会者が演劇の開始を告げる。体育館内をザワついていた空気が徐々に静けさへと変わっていった。

 ステージ上に下りていた幕がするすると上へ昇っていき、スポットライトを当てられた女性が中心に現れた。それは深緑色の中世ヨーロッパ風のドレスに身を包んだ冬華だった。両手を胸元に当て目を閉じ俯いている。幕が上がりきったところで、冬華は目を開け、顔を上げた。


「私の名前はフラヴィ。貴族の一子として生を受けました。でも、私は貴族として産まれたくはなかった。なぜなら今、禁断の愛に思い倦ねているからなのです」


 滑舌良く通った声が体育館中に響き渡る。いつもと違う姿の親友に、私は存在を遠く感じた。

 舞台の上で物語が流れていく。

 物語の概要としてはこうだった。


 貴族の娘フラヴィが恋をした相手はリュカという農奴の男だった。身分の違いによるその恋が叶うわけもなく、フラヴィは募る想いに苦悩の日々を過ごす。

 ある日フラヴィは侍女を連れてリュカとは似ても似つかないような奴隷を仕入れる。その奴隷をリュカの代わりの労働力として提供し、リュカを屋敷の使用人として迎え入れた。

 このことはフラヴィと侍女で内密に行われていたが、農奴として生を与えられていたリュカには教養が無く、次第に身分を怪しまれ始める。

 やがて脅された侍女が事の顛末の全てを明かす。

 フラヴィは既に決まっていた許嫁との結婚を強制的に行われ、リュカは処刑されることになる。

 そして処刑に立ち会ったフラヴィは、リュカの亡骸に寄り添い、結局そのままフラヴィも処刑されてしまうという物語だった。


 救いも何もないただの悲劇だったが、フラヴィの感情が良く表現された作品だと思った。

 それを演じている冬華に心奪われる自分がいた。

 特に処刑されるラストシーンの演技は迫真だった。

 処刑を片隅で見つめるフラヴィ。両脇は衛兵に拘束され、その場から動くことを許されない。

 処刑は銃殺で行われた。銃声と共に拘束を振りほどいてリュカに駆け寄るフラヴィ。

 フラヴィは力なく横たわるリュカの両頬に優しく手を添えて「私は、ずっと貴方の傍にいたい」と涙を流しながらキスをして、そのまま銃で頭を撃ち抜かれるというシーンだった。

 もちろん高校生の演劇で本当にキスをするわけにもいかいだろうから、観客からはキスをしているように見せているだけだったが、冬華は本当に涙を流していた。

 本当の女優顔負けの演技力だ。その姿に観客全てが息をのんでいるのを感じた。

 そのラストシーンの時、私は少し靖人の顔を窺った。周りが暗くてよく見えなかったけど、あまり表情を変えない靖人の顔が少し引き攣っていたような気がする。


 演劇が終わって体育館を出ると時刻は四時過ぎになっていた。

 生徒たちは学園祭初日の終わりとともに慌ただしく片付けを始めている。

 私たちは特にすることも無かったので噴水広場のベンチに座って冬華を待っていた。


「ちゅーしてたよ。ちゅー。ねえどんな気持ち? どんな気持ち?」

 涼くんがニコニコしながら靖人にちょっかいを出している。靖人は涼くんを睨みつけるだけで何も言わなかったが、私でもちょっとウザイと思うくらいの絡み方だった。

「ふふ。あんまり度が過ぎると本当に殴られ兼ねないからここらへんで辞めておこうか」

「俺は既にお前を殴りたい」

 靖人は右手で握りこぶしを作って力を込めている。

「ねえ。さっきの演劇、初めて見る内容だったけど原作とかってあるのかな?」

 私は割って入るように話題を振った。

「うーん。僕は純文学詳しくないから知らないかな。後で千歳さんに聞いてみればいいんじゃない?」

「それもそっか」

 話題の流れが反れたので、別に深く探るつもりもなく終わりにする。

 靖人は神妙な顔つきで何やら考え事をしている様だった。いつもに増して口数が少ない気がする。

 何気なくスマホを取り出してみると、丁度LINEに通知が入った。

《なんか先輩が異様にしつこくて今日は放してくれなさそう……。帰りも先に帰って! 明日は絶対埋め合わせするから本当にごめん!》

 という奈津からからのものだった。ごめん、今日は四人で帰るから置いていくつもりだった。

 私がスマホを仕舞うと涼くんがベンチから立ちあがった。

「じゃあ、僕はそろそろ行くね。千歳さんに感動したよって伝えておいて」

「え? 皆で一緒に帰るんじゃないの?」

 私は歩き出そうとする涼くんを引きとめる。

「うん。明日は色々手伝わなきゃいけないことがあってね。その打ち合わせとかやらなきゃだから今日はこの辺で失礼するよ」

「へえ、そうなんだ。大変だね」

「今日は楽しかったよ陽菜ちゃん。靖人もまたね」

「おう、お疲れ」

 軽くこちらに手を振りながら涼くんは校舎の方へ歩いて行った。私と靖人がベンチに残される。


「手伝いって何するんだろう? 今日はフリーだから暇だーとか言ってたけど」

「あいつは毎年他のクラスのイベントにゲスト出演とか、軽音楽活動の応援とか色々やってるからな。今日みたいにプラプラしてる方が珍しいくらいだよ」

「なんでも屋さんみたいだね」

「あいつはなんでもそれなりに出来るからな。本人は器用貧乏なだけとか言ってるけど」

「ふむ。凄いんだね」

 二人で会話をしていると、校舎の方から冬華が近づいてくるのが見えた。

「お待たせー。いやー疲れた疲れた」

「冬華ほんっとに凄かったよ! 皆、冬華の演技に心奪われてたもん!」

 私は今日のヒロインにちょと興奮気味に食いかかる。

「へへー。凄かったっしょ? 去年はチョイ役しかもらえなかったから私の実力が出し切れなかったんだよね。まあ今はどんなもんだい! って感じかな」

 冬華は胸を張って言った。ホントに張る胸があって羨ましい。

「ねね。靖人はどうだった? 私の演技」

 冬華は目を輝かせて聞いた。

「正直ここまでとは思わなかったよ。普通に感動した」

 それに対し靖人は優しい表情で言う。ふーん、そんな顔もできるんだ、とちょっと思った。

「え……いやーなんか、照れるな……」

 冬華は目線を逸らし右頬を軽く掻いた。照れてる冬華は私にも新鮮でとても可愛い。

「明日もあるんだしそろそろ帰るぞ」

 靖人がベンチから立ち上がる。

「今日はもうお風呂入って寝たい。もうあの衣装、暑くて暑くて」

 冬華が靖人に並びかける。

 でも私は、まだベンチから立ち上がることが出来なかった。

「ん? 陽菜どうしたの? 帰ろうよ」

 冬華が不思議そうな顔で私に呼び掛ける。私は少し言葉に詰まったが、なんとか絞り出すことが出来た。

「私、奈津も待ってるんだよね。冬華疲れてるみたいだし先に二人で帰っててよ。靖人、冬華をよろしくね」

「そうか、じゃあ先に帰るわ」

「陽菜また明日ねー」

 そう言って去っていく二人の後ろ姿を見つめる。


 私はキュっと胸元を掴んだ。


 やっぱり駄目かもしれない。


 冬華と靖人がどんなにいつも通り私に接してくれても、私はもうあの二人の間に入ることはできそうにない。


 このままそっとしておけば、普通に上手くいきそうじゃないかと思う。


 私なんかが、邪魔しちゃいけないんだと思う。


 私は校舎に戻り、少しだけ涼くんの姿を探した。


 でも、見当たらなかったので、その日は一人で帰った。

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