学園祭 一日目②

 私は校舎へ戻ると、まず更衣室へ着替えを済ませた。やっぱり慣れない服装に身を包むというのはどこか落ち着かない。

 時間はいつもだとお昼休み時。さすがにお腹も空いてきた。

 私は冬華と奈津にLINEを送る。お昼の状況が読めないから一度連絡が欲しいと二人から言われていたからだ。

 冬華は午後の公演に向けての最終調整があると言っていたし、奈津は陸上部で体力測定の記録係をやっているらしかった。

 返事を待っている間に、タブレットを返すため教室へ戻る。教室の前にはゲーム待ちをしている人が十数名ほど並んでいた。その人達は恐らく私たちの集客効果で集まった人たちではないんだろうなと思う。まともに集客すらしていない。それでも人は集まってきているようで、少し安心した。

 私は出口側の扉からヒョコっと顔を出し中を確認する。すぐに目が合った翔太くんがこちらへ近づいてくる。

「陽菜ちゃんお疲れ様。大変だったでしょ?」

「うん、大変だったけど宣伝全く出来なかったと思うよ」

 そう言いながら私はタブレットを差し出す。

「あ、いいの。全然気にしないで」

 翔太くんは本当に気にしてない様子でタブレットを受けとった。

「宣伝役にしては致命的な人選ミスだったと思うよ……午後からとか明日は誰がやるの?」

「ああ、宣伝は今日ので終わり。本当は衣装変えて明日もやってくれると嬉しいんだけど、駄目だよね?」

「絶対嫌! ただのコスプレ撮影会になっちゃうもん!」

「でも楽しそうだったって涼が言ってたよ」

「う……これ以上は変な扉が開きそうでやりたくない……」

「えー開放したいなーその扉」

 翔太くんはニヤニヤしながら楽しそうに言った。

 私が何か言い返そうと少し考えていると、横から涼くんがやってきて教室を覗いた。

「あれ? 靖人は?」

「涼と一緒じゃなかったのか? さっきから居ないぞ」

「お昼どうしようかな……翔太はまだここに残るの?」

「俺は不具合や事故があったら嫌だからここから離れられないな」

「せっかくの学園祭なのにもったいない。せっかくだから露店回りたいのに」

 涼くんと翔太くんの会話を聞いていたらスマホに通知が来た。多分冬華か奈津からだ。私はスマホを確認すると二件の返信があった。

 一件目は奈津からで《ごめん! 先輩に捕まっちゃったから今日は一緒に回れなさそう……》という文章と謝罪を示すスタンプが押されていた。奈津は駄目らしい。

 返信をしようとしたら、今度は冬華から返信の通知が鳴った。こちらには《衣装着てるからあんまり身動きとれなくて、食べ物靖人に買ってきてもらっちゃた。今一緒に食べてるんだけど、今日はこのまま二人にしてもらっていいかな? 公演は三時からだから絶対見に来てね!》と書かれていた。

「靖人は冬華のとこに行ったみたいだよ」

 その内容を見た私は涼くんに言った。

「千歳さんのとこ……?」

「うん、冬華衣装着てて自由利かないから靖人に買い出し頼んだみたい。なんか奈津も駄目みたいだし一人になっちゃった。良かったら涼くん一緒に回らない?」

 一人になってしまったのは本当だし、涼くんが靖人と合流するのは避けたかったので、ふと思いついた選択肢がこれだった。涼くんとじゃ、また目立ちそうな気もしたけど、今は制服だからさっきのような撮影会にはならないだろう。

「うん。僕でよかったら喜んで」

 涼くんは眩しいくらいのスマイルで答えた。

「あ……やっぱり俺も一緒にいこーかなー」

 それを聞いていた翔太くんが物欲しそうに言う。しかしその希望虚しく「委員長! ここどうやっても上手くいかないんだけど!」と教室に居たクラスメイトに呼ばれ急いで戻っていった。

「じゃあ行こうか陽菜ちゃん」

 翔太くんの様子を見届けて、私たちは露店の並ぶ噴水広場へ向かった。



 やっぱりお昼時ともあって食べ物関係の露店には長い列を成していた。噴水広場のベンチや芝生も既に他の生徒で埋まっていて、ここらへんで食べるには立ち食いを強いられそうな状況であることには間違いない。

 私と涼くんは手分けして列に並び、フランクフルトと焼きそばとたこ焼きを二人分ずつ調達した。ここから距離は離れるが、それらを持って屋上庭園で昼食を採ることにする。

 屋上庭園は床がレンガ造りになっていて、通路脇の花壇には色とりどりの花が敷き詰められている。ところどころに園芸用の針葉樹も植えてあり、高校の屋上にしては非常に手の込んだ作りになっていた。

 いつもの昼休みには人で埋まる屋上庭園も、今は人がまばらにしか見られなかった。

 私と涼くんは空いているベンチに座り、露店で仕入れた値段の割には安っぽい昼食を食べ始める。

「せっかくのお祭りだから各クラスで出してる露店からお昼仕入れたけど、やっぱりいつも通りお弁当持ってきた方が良かったかなあ」

 歩いてるうちに冷めてしまったたこ焼きをほおばりながら私は呟く。

「まあ、たまにはいいんじゃないかな。僕は明日の昼食はコンビニで買ってきちゃおうと思ってるけど」

 涼くんは楽しそうに焼きそばを食べながら言う。

「並んでる時はワクワクしてるのに、買ってみると何故かガッカリしちゃうんだよね。初めから過度な期待はしてないつもりなんだけど……」

「こういうのは雰囲気を楽しむものだから、そういう感想になるのはしょうがないよ。ところで陽菜ちゃんは午後からどうする予定なの?」

「私は冬華の演劇見に行く予定だけど、三時からだからそれまでは特に考えてなかったなあ。多分奈津とも合流できなさそうだし……」

「靖人とは合流しないんだ?」

「靖人は……ほっといていいかな……」

 冬華は靖人と昼は一緒に食べる感じだったけど、いつまで一緒に居るかは確認していなかった。というか公演時間まで一緒にいるものだと勝手に思っていたけどどうなんだろう? なんにせよ私は介入する気はなかったのでやっぱり靖人はほっといていいかな、という結論に至る。

「靖人が千歳さんのところに一人で行くって珍しいなってちょっと気になったんだけど、あの二人なんかあった?」

「靖人から聞いてないの?」

「靖人とはそういう話しないからね」

 確かに靖人は自分の事は進んで話したがらないから、冬華に告白された話もしていないのは当然か。こういう話を私がしていいものかはやっぱり悩む。

「千歳さん、とうとう靖人に告白した?」

 私がどう返したらいいか悩んでいるところに確信をつく質問が来た。

「えーっと……どうしてそう思ったのかな?」

「え? だって千歳さん、ずっと靖人の事好きだったでしょ? 相手が靖人だからずっと渋ってるものだと思ってたけど、仲よさそうにしてるなら靖人はOKしたのかなあ」

「涼くんも冬華が靖人の事好きなこと聞いてたんだ」

「いや、聞かなくても見てれば分かるでしょ。多分、中二くらいの時から好きだったんじゃないのかな」

「え!? そうなの!? それは知らなかった……」

 私は最近冬華から直接聞かされるまで全然気付かなかった……やはり分かる人にはわかるもんなんだなあと感心する。それとも私が恋愛感情を知らないがために鈍いだけなのかもしれないけど。

「とりあえず靖人はOK出してないよ。腹立たしいことに……靖人が好きな感情を知るためのお試し期間って感じらしいし」

 涼くんはある程度察しているようなので、もう私から言っちゃっても大丈夫だろう。

「あの靖人が告白されてOK出すなんてまず考えられないよね」

「それでも靖人は結構前向きらしいからね。前向きとかいいから早く付き合っちゃえばいいのに」

「はは、それで陽菜ちゃんは二人の邪魔をしないように僕を連れ出したのか」

「あ、ごめんね、私なんかが誘っちゃって……涼くんなら他に一緒に回ってくれる子いたよね……」

 涼くんはモテるから他の女の子から引く手数多だろう。無理に私が連れまわす必要もなかったかもしれない。

「あー、僕は独占禁止法に守られてるから、簡単には他の女の子達とは回れなかったかなあ」

「え? 独占禁止法? 何?」

 それって経済における法令だよね。涼くんはいつから資本主義の一部になったのかな?

「えーっとね。僕一人に対し、女の子四人以下での過度な接触を禁止する暗黙のルールかな。つまり僕と行動を共にするには、最低五人以上の女の子を集めなくちゃいけないんだよ。女の子達の仲良しグループって大体二~四人くらいが多いから、なかなか五人以上集まることってないんだよね」

 涼くんはいつもの様に笑顔でサラっと説明した。

「そのルールに則ると私は重罪人だよね……これからは嫌がらせを虐げられる日々を覚悟して生きていくよ……」

 さようなら、私の高校生活…………

「陽菜ちゃんは『不落の令嬢』なんて巷では呼ばれてるから安心していいよ。他の子達の嫉妬の対象外だから」

「え!? そんな二つ名で呼ばれてたの!? そもそも令嬢ってキャラでもないと思うんだけどな……その事実は知りたくなかったかも……」

 私はため息をつきガックリ肩を落とす。陰ではなんか言われてるような予感はしていたけど、気付かないようにしてたんだけどな。

「まあ、それよりも陽菜ちゃんには靖人だと思ってる子達も多いみたいだからね。僕とも昔馴染みだから、抜け駆けされてるなんて思う子はいないよ」

「うわ……初めて靖人と勘違いされて良かったと思ったよ……それにしても涼くんは凄いね。そんなルールが作られちゃうなんてアイドルみたい」


 涼くんは珍しく「はあ……」とため息をつき、床に敷き詰められたレンガを見つめた。


「そう、アイドルなんだよ、彼女たちにとってはね。己のシンボルとして崇めて、互いに不可侵の領域を作って僕を祀り上げているだけ。彼女たちの中に本気で僕に恋愛感情を抱いてる子は一人もいない。意外と孤独なものだね、アイドルっていうのは……」

 そう言う涼くんの笑顔はいつもより曇って見えた。境遇は全然違うはずなのに、何故か私は今の涼くんの気持ちに共感できる様な気がした。

 ただ、なんて返したらいいか分からなくて言葉に詰まる。『恋愛感情』なんて言葉が絡んでくると、私の脳は拒絶反応を示すように思考が止まる。

 その様子に気付いたのか、涼くんの方から口を開く。

「陽菜ちゃんはさ。靖人と千歳さんの事は応援してるのかな?」

 話題転換に持っていってくれたのは有難かった。再び私の頭が回転を始める。

「もちろんだよ! 靖人の事話す冬華の顔は凄い幸せそうだったし、これからもその幸せそうな姿を見られるのは私も嬉しい」

「でもさ、靖人と千歳さんが付き合うって言うことはどういうことなのか、陽菜ちゃんはちゃんと分かってるんだよね?」

 涼くんの表情が少し真剣身を帯びる。

「分かってる……つもり……かな」

 涼くんの言葉が胸に刺さるような気がした。私は多分、二人が付き合ったその先を真剣には考えていない。いや、向き合おうとしていないんだと気付く。

「靖人と千歳さん。陽菜ちゃんは一番近い二人との距離が離れてしまうかもしれないんだ。僕はそこに寂しさを感じることはないのかなって少し心配になっただけ。それでも予め考えておかなきゃいけないことだと思うよ」

 私は目を閉じ少し自分の気持ちを整理した。確かにちゃんと考えておかなきゃ駄目だと思う。

「私もちょっとは考えたよ。ちょっとだけ……でも冬華と靖人は付き合っても私とは今まで通り接してくれるんじゃないかなって思ってる……まあ、かなり楽観的な考えだけどね。寂しさは感じることはあるかもしれないけど、そんな私のわがままで二人の邪魔をしたくないかな。だからやっぱり私は二人を応援するよ!」

 なんとなくあったモヤモヤした気持ちを言葉にすることで、少し自分を納得させられたような気がした。うん、これならちゃんと向き合えそうだ。

「僕も靖人がイチャイチャしてる姿は想像できないかな。本当にこんな心配は杞憂に終わって、なんだかんだでいつも通りかもしれないしね」

 涼くんはいつもの笑顔で言う。

「うん、そうだといいな」

 私も自然と笑顔になっていた。

「なにかあったら相談に乗るから遠慮なく言ってね」

「ありがとう。よろしくね、涼くん」

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