学園祭

学園祭 一日目①

 私は女子更衣室で丈の長いロングスカート、裾にフリルのついたメイド服に袖を通した。最後は頭にカチューシャを取り付けて着替えを完了する。

 このイベントになると毎度のように着せられるメイド服。別にメイド喫茶をやるわけではないのに、なぜか決まってこの衣装だった。まあ、露出度が高いものや、ボディーラインが強調されるものよりはマシなので、いつも自分から志願してこの衣装を選んでいるせいなのだけれど……

 更衣室を後にして教室へ向かう。

 学園祭の開催まであと三十分。もうクラスの準備は終わっている頃だろう。



 私は教室の前に着き、扉に手を掛ける。すると中からバン! と発砲音のような大きな音が聞こえた。

「え!? どうしたの?!」

 慌てて扉を開けて中の状況を確認する。

 状況を把握する前に私の目の前に現れたのは大きな装置? だった。なんていうか、銅線の様なものでコースを作ってあるような、見た目は割と単純な作りの大きなもの。高さは私の身長よりも高いから170cmくらい? 横幅は5mくらいあった教室の大半をこの装置が陣取っている。

 ヘッドホンをした靖人が透明なゴーグルを外した。手にはなにやら鉄の棒らしきものを持っている。

「おい翔太。やっぱりコレ、クリア無理だわ」

 靖人が鉄の棒を翔太くんに渡しながら言った。

「ふっふっふっ、やっぱりクリア出来ないか! まあ、難易度は高いに越したことはないだろ!」

 翔太くんは勝ち誇ったように言う。

「あのなあ、翔太。景品が取れないと分かってるクレーンゲームは誰もやらないんだよ。もちろんクリア出来ないと分かってるゲームも同じだ。今からでも間に合うから修正しよう」

「いーや! これでいく! クリア出来る可能性は0じゃないんだ」

「限りなく0だって。棒に対して銅線の幅が0.5mmしか無いとか頭おかしいだろ」

 私には靖人と翔太くんが何を言ってるかよく分からないけど、なにやらこの装置について揉めているようだった。

「だって! 作った矢先、靖人が簡単にクリアしちゃうんだもん! なんか悔しいじゃん! もう物理的限界攻めるしかないじゃん!」

「分かったからその悔しさをこれから来る参加者にぶつけるな。問題の箇所を修正しても難易度は十分高いから安心しろ。そんな簡単にクリアされないって」

 そういって靖人は工具箱を漁り始める。

「ねえ。これなんなの?」

 私は不服そうに靖人の作業を見る翔太くんに声をかけた。

「あ! 陽菜ちゃん! メイド服ヤバイ! メッチャ可愛い!」

「あ、うん……ありがと。で、これはなんなのかな?」

「ん? あ、これはね、イライラ棒って言うゲームなんだけど――――」

「…………」

 私は翔太くんの話を黙って聞いていたが、あまりにも語りが長いので頭に入ってこなかった。要は制限時間内に鉄の棒をゴールすれば良いということらしいけど、あとでウィキペディアでも見ておこう。


「修正終わった。多分これで大丈夫」

 作業を終えた靖人が翔太くんに声をかける。

「あーあ、やっちゃったか。まあ、しょうがないか。あ、陽菜ちゃん一回やってみる?」

 翔太くんは私に鉄の棒を差し出す。

「これ、失敗するとバン! って音出るの?」

 鉄の棒を受け取りくるくる回しながら確認する。

「あ、こっちの棒は大丈夫。女性と子供用には火薬使ってないし、径も一回り小さくしてあるから安心していいよ。失敗したときはブザーが鳴るだけだから」

「あ、さっきのは火薬の音だったんだ。うーん、じゃあちょっとやってみようかな」

 私はスタートラインに立つ。横には青黄赤で信号の様な三色ランプの装置が置いてあった。

 多分、これがスターターなんだろう。

「制限時間三十秒ね。じゃあいくよー」

 翔太くんが声をかけるとランプが点灯し、赤のところでポーンと音が鳴ったのでスタートをきった。

 スタート入り口から銅線の間に鉄の棒を進める。最初は間隔が広く余裕があったが、緩やかに下に進めた先に幅の狭まったカーブに差し掛かった。

「やだ! 怖い怖い怖い!!!」

 私は叫びながら、腰をやや屈めた姿勢でゆっくり鉄の棒を進める。すると背後からカシャ、カシャっという音がいくつも聞こえた。

「ちょっと! 辞めて! 写真撮らないでよ!」

 動揺しバランスを崩したところで鉄の棒が銅線に触れる。バチバチっと火花が散ったらブーーっというブザー音が大きく鳴った。

「はい終~了~。残念だったねー」

 翔太くんはそう言って、ニコニコしながら近寄り手を差し出す。私はその手を無視して、翔太くんのお腹に鉄の棒を強く突き付けた。

「おぐぅ……」

 私は腹を押さえて蹲る翔太くんを見下す。

「今、写真撮ってたでしょ?」

「御馳走……さまでした……」

 そう言い残して教室に倒れ込んだ。

「もう! 後でちゃんと消しておいてよね!」

 私は持っていた鉄の棒を翔太くんの横にそっと供える。

「あ……出来れば他に撮ってた人いたら消して欲しいかな……」

 他の男子にはあまり面等向かって言えないので、ボソっと呟く様に言った。すると周りの男子は一斉にスマホを操作し始めた。本当に消してくれているか心配ではあったけど、わざわざ確認するのも億劫だ。しょうがないのでこの件は忘れる事にしよう。


 クラスの微妙な空気が一息ついたところでチャイムが鳴り、学園祭の開始を告げるアナウンスが流れた。

「はい。じゃあ皆配置について。交代は時間厳守で行うこと。それじゃあ、二日間めいいっぱい楽しもうぜ!!」

 いつの間にか復活していた翔太くんの合図で皆が一斉に動き出す。

 私は涼くんと学校敷地内の宣伝周りが役割だ。

 執事の衣装に身を包み、キラキラしたオーラを纏ったニコニコ顔の涼くんが声をかけてきた。

「じゃあ行こうか。客寄せパンダ」

「うん。そうなんだけど、言い方ちょっと嫌かな……」

「そっか、パンダに失礼だよね」

「いや……そういう問題じゃ……」

「はい、コレ」

 会話の流れを無視して、涼くんは私にタブレットを差し出した。

「これはなに?」

「宣伝用のプロモーションが入ってるんだよ。それを流しながら校内を巡回するんだってさ」

「へえ、そんなの作ってたんだ。去年の宣伝にはプラカードみたいなの持たされたんだよね」

 私はタブレットを起動して動画を再生した。

 洋楽のロックっぽい音楽と共に映像が流れる。クラスの男子が実際にプレイしている様子や、ゲームの説明を音楽に合わせて編集してある。単純に撮影したものを流して合わせるのではなく、演出にも凝っているようでクオリティが高い。学園祭レベルにここまでするかとも思ったが、翔太くん筆頭ならやりかねないと納得した。

「ところでこれはずっと持ってなきゃいけないのかな? 途中で疲れちゃいそうだけど」

 私が尋ねると、涼くんは少し首を捻って考える素振りをする。

「うーん。帽子にタブレット括りつけて被ってみる?」

 私はその姿を想像したが、どうにも絵面が悪い。そしてとにかく肩が凝りそうだ。

「タブレットに紐付けて、首から下げるとかじゃ駄目なのかな?」

「ああ、なるほど。画板みたいにするんだね」

 画板……じゃあ周りに見えないと思うけど、普通にぶら下げることになりそうだったので、私はあえてツッコミは入れなかった。

 結局、普通に首からぶら下げて出発することになる。



 校門から長い通路が伸び、生徒玄関へ続く。その中心部に噴水があり、その周りが広場のようになっているのがうちの学校の特徴。お昼休みはベンチで弁当を食べたり、ボール遊びに利用されることが多いが、今は各クラスの露店がひしめき合っている。おそらく人が一番集まっているであろうこの場所で、私と涼くんは宣伝活動を開始した。

 正直、私も涼くんも声を張り上げるのは得意ではないので、タブレットをぶら下げたまま二人並んで歩いてみることにする。

 涼くんは時折女子に、遠目から声を掛けられては笑顔で手を振って対応していた。私の方は男子に遠目からスマホで写真を撮られる気配だけ感じている。いつものことだけど、ただの晒しものとしか思えないこの扱いに少し慣れている自分が怖い。

 私は広場を軽く一周したところであることに気付く。

「ねえ、涼くん。これって失敗じゃない?」

 私が歩きながら尋ねると涼くんは足を止めた。

「あ、やっぱり気付いちゃった?」

 私も足を止め、涼くんの方へ振りかえる。

「うん。これ、タブレットのプロモーション流しながら歩いてるけど、私たちが歩いてると周りの人ちゃんと内容見れてないんじゃないかな? ちゃんと見るには私たちと一緒に歩いてないと断片的で良く分からないよね。でも付いてくる人誰もいないし、どっかに立ち止まってた方がいいのかな?」

「そうだね。とりあえず噴水の前にでも行ってみようか」

 涼くんの提案をのみ、私たちは噴水の前に移動する。


 噴水の前でポツンと立ち尽くす二人。涼くんは相変わらずニコニコしているが、私は作り笑いも上手く出来ていなかった。だって、どうしたらいいの、これ? って感じで戸惑いを隠せない。本当だったら「クラスの出し物のプロモーション流してるので見ていってください!」とか気の利いたことが言えればいいんだけど、どうにも言葉が出てこない。絶対人選ミスしてると思うよ、翔太くん。

 数分ほど立っていると下級生らしき女子二人組に声をかけられた。

「あのー……すみません。写真撮ってもいいですか?」

 私はすぐに涼くん目的だと判断したので「あ、私退きますね」と涼くんから距離を置く。

「あ、いや……出来れば二人一緒がいいかなーって……お願いできますか?」

「え? 私も?」

 私はまた涼くんの隣へ戻る。

「私も一緒でいいのかな?」

 小声で涼くんに耳打ちする。

「本人たちがお願いしてるからいいんじゃないかな」

 と涼くんはニコニコ答えた。

「じゃあ撮りますねー」

 といって女子二人は私たちにスマホを向ける。私は出来る限りの愛想笑いで対応した。

「わあ! ありがとうございます!」

 写真を撮り終えると女子二人はそう言って足早に去って行ってしまった。

「結局、プロモは見てもらえなかったっぽいね……」

「うん。多分これからもっと忙しくなるよ」

 涼くんはスッと指を前に差し出す。そちらに目を向けると、私たちの周りには既に人だかりが出来始めていた。

「えっと……これは……」

 何? と思う暇もなく人だかりが押し寄せてくる。

「私にも写真撮らせてください!」「俺にも!」「写真撮らせてー」「ちょっとだけいいかな?」

 雪崩のように押し掛けた人たちは皆、私たちの写真を撮りに来たようだった。それにしても凄い人数。とても私は対応できそうにもない。どうしていいか分からずオロオロしていると、涼くんが両手を前に出して、皆を制止した。

「まあまあ落ち着いて。これだけ集まられちゃうと順番はちょっと難しそうだから、適当に囲んでもらっていいかな? 僕たちはここに居るから各々自由に写真撮って行ってもらえればいいよ。あ、ポーズのリクエストがある人は言ってね」

 ポーズのリクエスト聞いちゃうの? とか思ってる間もなく、集まった人だかりはその一声で統率のとれた軍隊のように一瞬にして弧を描く。

 最初は写真を撮ればすぐに皆引けるだろうと思っていたけど、実際そういうことにはならなかった。もちろん写真を撮り終えた人たちはその場から去って行くのだけど、次から次へと人が集まるものだから人だかり自体がなくならない。

 私と涼くんは言われるがままにポーズをとり、ひたすら写真を撮られる撮影会が始まっていた。なんだろう、ちょっと楽しいかもしれない、コレ。

 結局私たちの担当時間は、宣伝活動もままならないまま、コスプレ撮影会というひっそり追加されたクラスの出し物で終わることになった。ちなみにタブレットは撮影に邪魔だからと早々に片付けられている始末。本当に何で私たちが宣伝役だったんだろうと思う。

 午前の終わりを告げるチャイムが鳴り、写真を撮る人たちも大分減ったので私たちは校舎へ戻って行く。今まで興味無かったけど、今度コミケ? ってやつを見に行ってもいいかなーと少しだけ私は思った。


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