ある日の終わり

 住宅街に挟まれた遊歩道を進むと木々に囲まれた大きな公園がある。公園は遊歩道に囲まれ、通勤や通学の他にもウォーキングやランニング、犬の散歩などの利用者も多い。公園と言えど子供が遊ぶような遊具は無く、中心部に池と芝生の広場があるのみだった。

 昼間は子供や老人で賑わう広場も、今の時刻は十九時を回ろうとしている。帰宅途中の人が遊歩道を歩くのみで、広場には人影は見られない。


 靖人も帰宅途中の一人だったが、広場の周りに設置されているベンチに座る人物を見つけ、近寄って声をかける。

 「陽菜。まだ帰ってなかったのか」

 ベンチに座って空を見上げていた陽菜は、視線を靖人へ移す。

 「ん? 靖人こそまだ帰ってなかったんだ?」

 靖人は陽菜の隣に座り、先ほど陽菜がしていたように空を見上げる。

 「さっきは鞄の中にあるスマホを学校まで取りに行ったのか?」

 「え!? い、いや……学校の机の中にあったよ」

 「そんな見え透いた嘘付かないで、用事があるならそういえば良かっただろ」

 「いやー…………別に用事はなかったけど」

 陽菜はバツが悪そうに空を見上げた。

 

「……………………」


 二人の間に沈黙が流れた。静寂の中では少しうるさいくらい虫の音が耳に響く。目に映るのは、オレンジが次第に輝きを失い始めている空だけだった。


 そんな中、最初に口を開いたのは陽菜の方だった。

 「ねえ……冬華に告白された?」

 「なんで知ってるんだ?」

 「冬華にね、靖人に告白したいから自然と二人になるようにしてくれって頼まれてたから」

 「ああ、そういうことか。不自然だったけど、陽菜の任務は無事に達成されたよ」

 「そっか。良かった。で、靖人はなんて返事したの?」

 「ごめんなさい? かな」

 「私の親友振るなんて酷い! この極悪非情男!」

 陽菜は靖人の肩を掴み、前後に激しく揺さぶった。

 「今まで何十人も振ってきた奴が言うなよ! いくらなんでも自分の事棚に上げ過ぎだ」

 「それとこれとは話が別! それに何十人もいないもん!」

 「めちゃくちゃだな……まあ、正確には返事は保留だ」

 「冬華のこと振ったら許さないんだからね!」

 陽菜はうーっと口を尖らせながら言った。

 「俺に選択権はないのかよ……」

 「あるわけないじゃん!」


 靖人はため息をつき、再び空を見上げた。陽菜もそれを見て視線を上げる。


 「陽菜……俺はお前の事が好きじゃない」


 「奇遇だね。私もだよ」


 ――――――――


 「好きになるって……どういうことなんだろうな」

 「それは……私にも分からない」

 「陽菜は……なんで俺たちが恋愛感情を理解できないか考えたことあるか?」

 「私は……あんまり考えたことないかな……色々あったから、あんまり考えたくないんだと思う。靖人はあるの?」

 「今まで考えたこともなかったけど、ここまで歩いてくる途中で考えてた」

 「で、その答えは?」

 「考えても分からない。ってのが正直な答えだな。ただ仮説としては、俺たちは近すぎたのかもしれない」

 「近すぎる?」

 「一番近い赤の他人が異性で、お互い兄弟もいない一人っ子。十七年間もそんな二人が一緒だった。この二人の間に恋愛感情が芽生えないのなら、好きになれるのはそれ以上の相手じゃなきゃ駄目なんじゃないかって……」

 「え!? じゃあ私たちが誰かを好きになれるのは早くても十七年後!?」

 「いや、時間の問題じゃないだろ。俺は陽菜の事、好きじゃないとは言ったけど、それは恋愛対象としてという意味で、別に嫌いなわけじゃない。友人として好きだと思うけど、それは涼や冬華や学校のみんなも同じ。そこに優劣はないんだ。十七年間一緒の陽菜とそれ以外の友達が同列なら、それ以上の存在ってどう考えてもピンとこないんだよ」

 「うん。私もそんな感じ。冬華も靖人も同じ好きだけど、やっぱり、それ以上の好きってよく分からない。私は靖人とは兄弟みたいなものだからかなーとか思ったことはあるけど、そこまで考えたことはなかったかなあ」

 「兄弟か……別に陽菜のこと、姉や妹としてみてるつもりはないけどな。まあ、兄弟もいないから姉や妹がどんなものかも分からない。だから、案外そういうことだったりするかもな」

 「うん、きっとそんなもんなんだよ」


 日は完全に沈み、二人の眼前には無数の星が散らばっていた。ベンチの近くに星の光を遮る街灯はなく、広場を囲む木々たちが空を丸く型取っている。それは、まるでプラネタリウムの様な光景だった。

 「やっぱりここは星が綺麗に見えるね」

 「そうだな……昔は良く二人で来てだけど、最近は全然来なくなった」

 「最後に見に来たのはいつだっけ? 中学の卒業式?」

 「多分そうだ。そんなに昔の話じゃなかったな」

 「小学校のときとか、星が見えるまで帰らなかったら二人とも良く怒られてたっけ」

 陽菜は昔を懐かしみながら楽しそうに笑う。

 「陽菜が帰りたくないって駄々こねるからだ」

 「この星空見てるとさ、辛い事とか悲しい事とか全部忘れられるんだよね……無限に広がる宙に比べると、グジグジ考えてたことがちっちゃいなーって」

 「陽菜の場合は本当に忘れてるから、もうちょっと教訓を生かした方がいいと思う」

 「ねえ靖人。今度の日曜日プラネタリウム行きたい!」

 「本当に人の話聞いてないな……なんだよ急に」

 「だって私たち行ったことないでしょ、プラネタリウム。この星空とどっちが凄いか比べてみたいんだー」

 靖人は、両手を広げ空を仰ぐ陽菜を横目で見る。

「たまにはそういうのも悪くないか」

 靖人は目を瞑り、ふっと笑った。


 二人の眼に映るは無限の星々も、心に輝く一番星はまだ見えない――

 目が届かない距離にあるのだろうか――

 目を逸らしているだけなのだろうか――

 一番星と称される金星は、観測出来る時期や時間帯に限りがある。

 今は未だ、見える時期ではないのかもしれない――

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