第46話 vsジャガーズ【最終回 裏】③

「渚――――」

 声をかけようとして俺は口をつぐんだ。何と声をかければいい?


 さららのスクイズ失敗で、すでに手の内を敵に明かしてしまっている。その上ダガーJにはここぞというときの豪速球を持っている。ここで同じ手を繰り返すのは愚策だ。ならばヒッティングか? いや、彼女は今日ノーヒット。しかし渚の次は打撃には期待ができない八重ちゃんだ。いったいどうすれば……


「タイムだタイム!」


 静寂を破ったのは二塁ベース上の冥子だった。彼女は審判にタイムをかけると、打席の渚にかけよる。

「おまえ、手ズタボロだろ」

 冥子が自分の包帯をほどき、打席の渚の手のひらに巻いた。渚の目が見開かれる。


「そんなになるまでよく頑張ったな」


 キャップの上から渚の頭にポン、と手を置いて。


「――あとは頼んだぜ、渚。。そうだろ、エージ」


 三塁ベース上のジョーも、打席の渚を見つめて静かに頷いた。

「渚、冥子、ジョー……」

「エージ」

「…………なんだ、渚」

「私、エージと、みんなと野球ができて楽しかったよ」

 両手をバンテージでぐるぐる巻きにした渚がボックスに入る。

 みんな、頼む。俺は拳を握りしめた。もう俺が出すべきサインなどない。冥子の言うとおり、渚に託すのみだ。


 ――しかし。

 彼女のバッティングセンスは決して悪くはない。しかし、今日は一本のヒットも打てていないのも事実だ。フルイニングの全力投球が彼女のスタミナを空にさせているのは明白だ。


 俺はダイヤモンドに視線をやった。三塁走者のジョーはベースにほぼベタづき。打席の渚もバットを寝かせる気配はない。

 つまり、連続スクイズはない。狙いはヒットのみだ。俺は頭を抱えた。

(あくまでも、強行策で点を奪うつもりなのか)

 俺の脳裏をよぎったのは、1998年サッカーワールドカップアメリカ大会のアジア予選。90分終了時のリードを守りきれず、残り数分で失点を許した日本代表は本大会出場権をあと一歩で逃す。


 後に“ドーハの悲劇”と呼ばれるこの試合は、ロスタイムの時間稼ぎをよしとせず正攻法に拘った日本人の精神性が敗因の一つともいわれている。戦後50年後経っても完全には払拭できなかった呪縛を、今の彼女たちに捨てろと説いても難しい話だ。


 しかし九回裏、1アウト二塁三塁。この試合初めての絶好の機会、そして今追いつかないともう“次”はない。――しかし、彼女たちの決断ならば仕方がない。

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