第42話 vsジャガーズ【最終回 表】③
次打者のダガーJがガムを噛みながら打席に向かうと同時、俺はマウンドに駆け寄った。捕手のさらら、内野陣も集まってくる。
「みんな、ごめ――」
「いやー、飛んだな! アレックスの野郎、なかなかやるぜ」
渚の謝罪を遮って、冥子が豪快に笑い飛ばした。
「一点や二点、次の回でとったげるから安心してよ」とジョーのサムズアップ。
「みんな……」
「次はダガーJだよう」と双子。
「渚、あれをやるしかないんじゃない?」とさらら。
「あれってなんだ……?」俺は首を傾げる。
渚を囲む円に、いつのまにか麗麗華、かめちゃん、つるちゃんら外野陣の姿、そして所長も。
「所長、お願いします」
「そういうと思っとったぞ。ほいさ」
所長が――新しいグラブを渚に手渡した。
「それは……?」俺は驚愕に目を見開いた。そのグラブは何しろ――
さららが審判に再開を要求した。左打席に入ったダガーJが、大きく足を開きトップを最上段に構える。
セットポジションに入った渚と、ベンチの俺の目が合った。
「渚、本当にやる気か――」
「WHY!? ふざけた真似を……!」
ボックスのダガーJが、ギリギリと奥歯を噛み締めた。ふう、とマウンドの渚が息を吐く。
ずっとベンチに背中を見せていた右投手・海老原渚。その彼女と一塁ベンチの俺たちが向かい合っている――
「本当に……渚あいつ、左腕で投げるつもりなのか!?」
「そうじゃ」所長が大きくうなずく。「ワシが渡したのは、特注のサウスポー用グローブじゃ」
「そうは言ったって……」
確かに渚の右腕は限界だ。しかし両打ちならともかく、両投げの“スイッチピッチャー”なんて聞いたこともない。そんな付け焼き刃が通用するとは思えず、ダガーJの怒りももっともだ。
「彼女はな、本来左利きなんじゃ」
俺は再び驚愕した。
「サウスポーだって!? じゃあ、なんで右手で投げてたんだよ?」
「渚クンのピッチングが、弓道がベースになっとることは前も言ったな? 正確無比なコントロール、弛緩と緊張が生み出す唯一無二のバックスピン。しかし――日本古来の武道である弓道に左利きという概念は存在せん。無論左利き用の和弓もないんじゃよ。じゃから彼女は利き腕と反対の腕で弓を放ち、同じように硬球も投げる『右利きピッチャー』になったんじゃ」
「…………」
「しかし実は――GHQより弓道を禁じられていた当初、渚に与えられたのは野球ではなくアーチェリーだったんじゃ。アーチェリーはあちらさんの合理的なスポーツだからの、当然左腕用の弓も存在する。つまり渚は弓に関しては両利きなんじゃ。
しかるに――和弓をベースにした右のスリークウォーター、アーチェリーをベースにした本来の左利きから投げ込むサウスポー。渚クンは正真正銘の『スイッチピッチャー』なんじゃよ」
「つまり、渚の左腕投法は『アーチェリースタイル』……」
「敵を騙すにはまず味方からってね」麗麗華が舌を出して小悪魔の笑みを浮かべた。
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