第35話 vsジャガーズ【4回裏】ヒットボール

 リードを許して迎えた四回裏。俺たちは円陣を組んだ。

「みんな、締まっていくぞ! これからが本当のスタートだ!」

「本当のっていうのはよくわからないけど」とさらら。

「2点差ぐらいすぐひっくり返すよー!」と小さな胸をめいっぱい張るのはつるちゃんだ。

「俺は、まだまだみんなと野球がしたい!」俺は円陣の中心で声を張り上げた。

「だから――だから、力を貸してくれ!」

「行くわよ!」ジョーがすう、と息を吸い込んだ。

「GO! SUNRISE!!!」



「サンライズだってよ。しゃれた名前をつけやがって」とマウンド上のダガーJ。

「次の打者は“エクスプレス”、俊足の鶴ガールか」

「ああ」冷徹な返事はアレックス・バーンバスター。

「リードしているとはいえ2点だ。鶴ガールには回ったとしてあと1度。この回で潰しておこう」

 アレックスの言葉にダガーJが口笛を吹いた。

「ヒューッ! 相変わらず真面目な顔しておっかないねえ、アレックスちゃん」

 俺だってそんなこと考えつかねえぜ、とダガーJ。「しかもこっちがリードしているのによ」

「問題ない」とアレックス。

「すべては、勝つためだ」

 確実にな、と答えたアレックスはマスクをかぶり、ホームへ戻っていった。



「うわー!」

 四回裏、先頭打者は俊足のつるちゃん。――が、左足を押さえて倒れ込んだ。

「デ……デッドボール!」

 ダガーJの豪速球。その3球目がつるちゃんの左太ももに直撃した。俺はベンチを飛び出し駆け寄る。

「大丈夫か、つるちゃん!?」

 この時代の打者はプロテクターなど存在しない、文字通り生身だ。大腿部が腫れ上がり熱をもっているのがユニフォームの上からでもわかった。

「骨は……折れてないようだな。歩けるか?」

「つるちゃん! 大丈夫!?」心配した妹・かめちゃんもベンチから飛び出してくる。

「手当が済んだらとっとと一塁に行ってくれるか」頭上から冷徹な日本語が降ってきた。

「――アレックス・バーンバスター、てめぇ……」

 俺は歯を食いしばってその巨漢を睨みつけた。大きな漆黒の瞳。今のデッドボールでは、アレックスは捕る素振りすら見せなかった。つまり、計算ずくの死球。俺は両拳を力いっぱい握りしめた。 

「エージ・アオシマ。なかなか知的な戦略を使うと聞いたが、デッドボール程度でいきり立つようではまだまだスクールボーイだな」

「なんだと!?」

 立ち上がった俺をかめちゃんが制する。

「おまえたちは遊びでやっているかもしれんが、俺たちはレジャーでやっているわけじゃないんだ」

「ッ――俺たちだって……」

 もう答えることはない、とばかりにマスクをかぶり直すアレックス。口を開きかけた俺を、今度はつるちゃんが止めた。

「エージ……私は、大丈夫だから。頑張って、打つもん……」

 半べそをかきつつ、左足を引きずりながら一塁へ向かうつるちゃん。俺はなにも声をかけられずに見送る。

「エージ! よく手を出さなかったな、成長したじゃねえか」

「冥子に言われたかねーよ」

 ベンチに戻ってきた俺に冥子の軽口。打席には3番・紫電キリエが入っている。

「キリエ、頼むぞ……!」

 形はどうあれノーアウト一塁。俺はキリエに声をかけた。

 しかし、キリエはチームのブレインではあるものの、バッターとしては非力だ。

「これでも喰らいな!」

 ダガーJのスパイクカーブにまったくタイミングが合わず、三振。1アウトでネクストはジョー。

「ジョー、さっきと同じように出鼻を叩いてやれ!」

「ラジャー。任せといて、エージ! みんな!」

 勇ましいサムズアップとともに打席に向かうジョー。しかし……

「一転、直球攻めか……」

 俺は歯噛みをする。初打席でとらえられたスパイクカーブは左右のボールゾーンに散らし、ストライク低めには徹底的に直球を集める。アレックスの見事なリードに俺は舌を巻いた。

「ガッデム……!」

 結果、2-2から直球に押し負けたジョーの打球はセカンドへの力ないゴロ。満足に走塁ができないつるちゃんは二塁でフォースアウト。ダブルプレーで一気に攻撃終了となった。


【四回裏終了】百合ケ丘サンライズ0-2フライングジャガーズ

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