第34話 vsジャガーズ【4回表】バックトゥバック①

 俺はすっかり肩を落としてベンチに戻った。よかれと思ってやったことだった。相手は男で軍人だし、こちらの作戦は筒抜けだし、大義名分もあるはずだったのだ。何より、彼女たちを救えると思っていた。


(俺はなんてことを――)


 俺はベンチでひとりうつむく。ベンチの隅の冥子はふてくされたように足を組み、キャップを目深にかぶっている。

 試合は四回表。すでに渚&ジョーバッテリーは1、2番を打ち取り、2巡目の3番アレックス・バーンバスターが打席に入っている。

(何ぼやっとしてんのよエージ。打者はアレックスよ、『スピットボール』は使わないの!?)

 ジョーが視線で問いかける。顔にはいくばくかの焦りが浮かんでいた。

(『スピットボール』は使えない――いや、使わない。大丈夫だ、渚なら抑えられる)

 俺は力なく首を振った。ジョーが不安げにうなずく。

 渚が投じた1球目はSFF。直球と同じ軌道から鋭く落下する変化球に、アレックスが目を細める。

「フム、まだまだ手札カードを持っているようだな」

 それには答えず、渚にボールを返すジョー。バットを長くもったアレックスが渚を睨みつける。

(渚、ジョー、みんな……すまない)

 俺が悲嘆に暮れている間も、渚は淡々とボールを投げ込んでいく。

 が、その瞬間は突如訪れた。2-2からの5球目。

「――とはいえ、あの“おかしなスピット”ボールを投げないのならば――」

 交通事故のような轟音が響いた。

「――シントート・スタヂアムも拡張工事をしたほうがいい。ここはまるでウサギ小屋だ」

 バットを投げ捨てたアレックスが、英語でジョーに告げた。

 打球の行方に呆けたような表情のキャッチャー・ジョー。主砲の打球はバックスクリーンに一直線。そのままスコアボードを越え、新東都の郊外へと消えていった。

 あまりの飛距離に、サンライズベンチはもとよりジャガーズベンチにも静寂が広がる。


「場外……ホームランだと……」

「なんて飛距離よ……!?」


 先制点を取られたことよりもまずその衝撃に鳥肌が立つ。ジョーが要求したSFFは決して甘いコースではなかったはずだ。しかも、スピットボールの幻影がまだ焼き付いているはず。それを迷わず本塁打にしてみせた。

 目測130メートルはあろうかという大飛球。これが元プロの実力か。

「先制……された」

 俺は悟られないように唇を噛んだ。四回表で許した先制。いまだ1失点で耐えている渚だが、スピットボールが使えなくなった状況での先制点はあまりにも痛い。しかも相手は……


「やったぜ、アレックス!」

「さすが独立リーガーだな、やるじゃねえか!」

「いやなんか喋れ!」


 ジャガーズベンチでは、活気を取り戻したナインに手荒な祝福を受けるアレックス・バーンバスターの姿。さすがの鉄仮面も、口の端に笑みを浮かべている。

(主砲の一発は、チームに流れを呼び寄せるからな)

 俺はゆっくりと唇を舐めた。続くは4番、ダガーJ。こちらも、凡打になったとはいえスピットボールを初見で合わせたバッターだ。

 ジョーが慎重にサインを出す。外角へボール球となるジャイロボール、ナギサ1号。

(本塁打の後だ、慎重策は悪くない)

 サインを確認した俺もうなずく。が――


「!?」


 渚が投じたのはどまんなかの直球。積極打法のダガーJがそれを見逃すはずもなく――

(失投……いや、サイン無視か? どうして!?)

「もらったぜっ!!」

 左打席から放たれる大ぶりなアッパースイング。痛烈な弾丸ライナーがライトを襲う。

「GOGOGOGO!」

 走りながら左腕を振り回すダガーJが一塁ベースを蹴った。矢のような打球がぐんぐん伸びていく。


「かめちゃん、つるちゃん、頼む!」


 長打コース。俺は祈ることしかできない。ライトのかめちゃん、センターのつるちゃんが追う。

「「捕るよー!!」」

 双子の声が重なる。外野に設けられたラッキーゾーンにかめちゃんが駆け上がった。ガチャガチャとスパイクとフェンスが触れ合う金属質の音がする。

「ホウ、まるでニンジャだな」

 壁を駆け上がるかめちゃんに、相手ベンチではペニー少佐が余裕の笑みを浮かべた。

「だが、爆撃機には敵うまいよ」

 緑色のブレスレットがきらめく。必死に差し出したグラブをあざわらうかのように、ダガーJの打球はラッキーゾーンを越え――スタンド最前列に飛び込んだ。

「YEAH!!」

 アレックスに続き、ダガーJの連続ホームランバックトゥバック。ダイヤモンドを一周したダガーJとアレックスが拳を突き合わせた。


【四回表終了】百合ケ丘サンライズ0-2フライングジャガーズ

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