第28話 vsジャガーズ【1回裏】クロスファイア

 満面の笑みでベンチに戻ってくるナインを、俺と所長が出迎える。

「麗麗華、ナイスキャッチじゃったぞ! あのアレックスの打球をよく捕ったな」

「あんなへっぽこフライ当然ですわ」といいつつ、誇らしげな麗麗華。

「キリエ、八重ちゃんもいい守備だ」

「あの大男たちを三者凡退とはの! 上々の滑り出しじゃ!」と所長。

「私たちも頑張って打つよー!」双子が声をそろえる。

 ただひとり、浮かない顔は――

「どうした? 渚。ナイスピッチだったぞ。どっか痛めたのか?」

「ううん、そうじゃないわ。それに無失点で抑えられたのはみんなの守りのおかげよ。それはいいんだけど……」

 渚はどうも腑に落ちない、というふうに自分の手に視線をやった。

「なんだかボールがおかしいの。バッター付近でおかしな変化するし」

 俺のこめかみにひと筋の汗が伝う。もちろん暑さのためでは、ない。

「きょ、今日のはジャガーズが用意してくれた新しいボールだからじゃないか?」

「そうかな。それにしては――」

「そうだよ! い、いつもボロボロの球で練習させてすまなかったな」

 俺はごまかすように、渚の肩を叩く。

「さ、次は攻撃だ。かめちゃんを応援してあげなきゃ」

 すべては、勝利のためだ。気持ちに蓋をするように、俺は自分に言い聞かせた。


 われらがサンライズ、一番バッターは強打のかめちゃん。マウンドでは相手投手・ダガーJが投球練習をしている。長身から繰り出されるのは、角度はあるが特筆すべき点のない棒球だ。

「あちらの投手さま、大したことなさそうね」と麗麗華。

「こりゃ案外楽勝なんじゃねえか?」足を組み笑い飛ばす冥子。

 三者凡退で気をよくしたのか、ナインは早くも楽観ムードだ。アレックスが審判に、投球練習を終えたことを伝える。

 さあ、サンライズの攻撃だ――と意気込んだとき、投球練習を終えたダガーJがめいっぱいに膨らませたチューインガムをバチン、と割った。

「さあ、日米ワールド・シリーズといこうじゃねえか!」

 ダガーJがサンライズベンチに向かって大声を張り上げた。

「お嬢ちゃんたち、お手柔らかに頼むぜ」

 重量級の核弾頭・1番かめちゃんがゆっくりと右打席で構える。揺れる緑色のブレスレット。サウスポーのダガーJが振りかぶった。獅子のたてがみを思わせる、見せつけるような堂々たるワインドアップ。そこから右足を大きく蹴り上げ――。

「――――!」

 かめちゃん、百合ケ丘ナイン、グラウンドの全員が目を見開く。オーバースローから放たれた白球は、砲弾のような速度でアレックスのミットに突き刺さった。

「ス……ストライク!」

 ワンテンポ遅れて告げられたコールに、得意げなダガーJ。剛球を受けたアレックスが顔をしかめ、ミットから抜いた左手を軽く振った。それほどの速球だった。

(140……いや、145キロは出てんじゃねえか!?)

 まさに短剣ダガーを思わせるファストボールに俺も内心で静かに驚愕する。予想外のファーストインプレッション。今まで女子を相手にしていた百合ケ丘ナインにとって、初めて目にする豪速球に違いない。

 サンライズベンチの静寂を破ったのは、冥子の舌打ちだった。

「チッ、なんて豪速球だよ! 投球練習と全然違うじゃねえか!」

「速球に強いかめちゃんが、まったく反応できてないね」とキリエ。

「おい、ダガーJ! サインを無視するな、“亀ガール”は変化球で攻めると言ったろ! 忘れたのか、こいつは速球に強いんだ!」

 ボールを戻しながらキャッチャー・アレックスが苦言を呈す。

「まったく、相手はかわいいかわいいガールズなのに容赦ないねえ。ウチのキャッチャーは」

 ガムを噛みながらボールを受け取るダガーJ。相変わらず態度は軽薄そのものだが――。

「じゃあ――しっかり捕れよアレックス!」

 投じられた2球目。先ほどとまったく変わらない投球フォーム。

「いくら速くても、かめちゃんほどの強打者に直球を続けるなんて通用しないよ!」とキリエ。

「いや、違う――!」

 プレート左端から投じられた直球をとらえるべく、かめちゃんがスイングを開始。が、ボールはベース手前で急激に軌道を変え、右打席のかめちゃんに牙を向いた。

「わー!」

「カーブか……しかし速い!」

 対角線を抉る十字砲火クロスファイア。球速を保ったまま鋭く曲がるスパイクカーブに、よけるように仰け反ったかめちゃんが尻もちをつく。

「ヘイ亀ガール、8インチは隙間が空いてたぜ」ダガーJが親指と人さし指を広げて挑発する。

「まあ、『三段ドロップ』ですわ!」と麗麗華。

「三段どころか三十段ぐらいありそうだな。しかしフォームが直球と変わらないな」

 こいつは厄介だ、と俺は唇を噛む。

「ストライク! バッターアウト!」

 続くスパイクカーブにもバットは空を切り、かめちゃんが三球三振。サンライズ随一の強打者があっという間に打ち取られた。

「速いよ~曲がるよ~」

 しょげながら帰ってくるかめちゃん。次打者、双子のつるちゃんが妹の頭をなでて慰める。と、その口がくちゃくちゃと動いていることを認めたかめちゃんが首を傾げた。

「つるちゃん、何もぐもぐしてんの?」

「すこんぶ。監督がこれ噛んでろって」

「ダガーJの真似かよ! てめぇら変なとこでかぶれてんじゃねえ。んなことよりしっかり打てよ!」

 悪態とも声援ともつかぬ冥子に「は~い」と返事をして、つるちゃんが打席に入った。白い腕飾りが揺れる。

「ヒュー、さすが“ツインズ”はそっくりだな」とマウンドのダガーJ。

「間違えるなよ、“超特急エクスプレス”鶴ガールは俊足の変化球打ちだ」

「わかってんよ、サー!」

 ダガーJが大きなワインドアップから豪速球を投げ込む。つるちゃんはピクりとも動けない。

「やっぱり速いわね」とジョー。

「ああ。さっきのカーブもなかなかだが、本来はやはりパワーピッチャーのようだな。速球投げているほうが生き生きしてる」

 ――狙うなら変化球か。それとも直球に絞って叩きのめすか。

 俺が思案している間に、つるちゃんは妹同様、あっという間に2ストライクと追い込まれてしまう。

「これで――」

 一際大きく振りかぶるダガーJ。アレックスがミットをひとつ叩き、真ん中高めに構えた。

「またしても3球で仕留める気だね」

 キリエが呟く。要求は中央の釣り球。遊びはない、ということか。

「終わりだ!」

 投げ込まれるストレート。

「――――!」

 ――キン。

 乾いた打球音を残し、白球が高々と舞い上がる。一瞬言葉を失う両軍ナイン。

 注文どおりの豪速球をつるちゃんが弾きかえした。ダガーJが驚愕の表情で振り返る。打球ははるか上空。

「WHAT……!?」

「きゃあ、いきましてよー!」

 サンライズベンチが沸き立つ。難攻不落と思われた展開から一転、非力なはずのつるちゃんがあの豪速球を完璧にとらえたのだ。

 さすがの鉄仮面・アレックスも、マスクを脱ぎ捨て大声を上げた。

「センターバック! Hurry! Hurry!!」

 必死にバックする中堅手が、ラッキーゾーンのフェンス手前で足を止め振り返った。

 舞い上がったつるちゃんの打球は――ラッキーゾーン手前2メートルで失速。何事もなかったかのように中堅手のグラブに収まった。

「ああー!」「惜しい……」「ちきしょー、あと一歩!」

 ヒューッ、とダガーJがオーバーに肩をすくめる。

「Heッ、タマが縮み上がっちまったぜ」

「鶴ガールがあんな大飛球を」おどけるダガーJに訝しげなアレックス。

「終わっちまったことチマチマ気にすんな、ハゲあがっちまうぜ。鶴ガールのは出会い頭の事故みたいなもんさ」

(あとでお仕置きだな――)

 そんな光景を見ながら俺は独りごちた。


【一回裏終了】百合ケ丘サンライズ0-0フライングジャガーズ

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