第15話 vs雪村繊維①

 そして迎えた俺の初陣。相手は隣町の同業、繊維工場のチームらしい。


「防御率はリーグ平均よりも大分悪いが打撃力が抜群だな」


 俺は相手チームのデータを確認しながら作戦を練る。もちろんこのデータもキリエが用意してくれていたものだ。俺の手によって編纂されたキリエの膨大なデータは『未来戦術』という表紙がつけられ一冊にまとめられている。

 グラウンドに出ると、試合前にもかかわらず大勢の客がつめかけていた。つくづく新東都は深刻な娯楽不足らしい。


「ヘイ、ジョゼフィーン!」


 観客席から声が飛ぶ。見ると、迷彩の軍服をまとった一団が。ジョーが迷惑そうな視線を客席にやった。

「日本人のチームに入ったんだってな、“アンルーリー”!」チューインガムを膨らませて、迷彩服に身を包んだひときわ大柄な白人兵が声を上げた。


「ダガーJ……!」ジョーが兵士を一瞥してつぶやく。

「ゲイシャガールの練習でもしてんのか?」と、その横の紺色の軍服を着たスキンヘッドが軽口を叩く。

「今度見せてもらおうぜ、なあ!」皆一様に瓶を手にしている。どうやら昼から酒を飲んでいるらしい。


「なんだあいつら」俺は眉をひそめた。言葉の意味はすべてはわからないが、なんだかいけすかない態度だ。

「気にしなくていいわよ、エージ。非番だからって冷やかしに来てるだけなんだから」とジョーが声を無視してスタスタと歩きだす。

「それはそうと、“アンルーリー”ってなんだ?」

 聞き慣れない英単語だが、スラングか何かだろうか。そう思って軽い気持ちで聞いた途端、振り返ったジョーの眼光が険しくなった。

「私の前でその名を二度と言わないで。“Un-Rulyじゃじゃ馬娘”って意味よ」


 ルールはちゃんと守ってるっつーの、まったく失礼しちゃうわよね。とジョーが頬を膨らませて怒りを露わにする。事情はよくわからないが、アメリカ人はニックネームをつけるのがたいそう好きらしい。


「ほい、これが百合ケ丘野球団のオーダー表じゃよ。雪村工場長」

 ホームベース付近では、所長が相手の監督らしき人物と紙切れを交換している。

「久しぶりだな、百合ケ丘所長。……むむ、これは」

 痩身の白髪頭、相手チームの雪村工場長がオーダー表を見て顔をしかめた。

「ジョゼフィーン・トラックスラーだと? GHQからの助っ人を入れたという噂は聞いていたが本当だったのかね? しかもこの不動冥子という名前、確か暗黒街の――」


「そのとおりじゃ」

 渋い声音の雪村に対し、ひょうひょうと返す所長。


「女といえど、敵国の軍人を入れるなんていよいよ耄碌したのか?」

 雪村の眉が吊り上がる。どうものっぴきならない雰囲気のようだ、と俺はベンチからその光景を眺める。

「耄碌したのはそっちじゃありゃせんか? 野球の実力に人種や前科は関係ないからの」

 敵国ではなく“元”敵国じゃ、と相変わらず軽い口調を崩さない所長。しかしその目は確固たる意志をもって見開かれている。

「へえ、あのじいさんなかなかやるじゃねえか」

 俺は綿毛のように揺れる所長の白髪頭を見て呟いた。 

「ともかく手は抜かんぞ! GHQの新繊維受注はこちらでいただくからな!」と大声を上げる雪村工場長。

「はいはい、お好きにするがよい」手をひらひらと振って所長がベンチに帰ってくる。



「なんだか気に入らねえ野郎だな」

 両腕の包帯を巻き直しながら吐き捨てる冥子。

「エージ、あいつぶん殴っていいか?」

「よせよせ」

 俺は慌てて冥子を制止する。

「がんばって打つよー!」「走るよー!」と双子も気合十分だ。

「まあ俺のクビもかかっているらしいが、それは気にしなくていいからな。気楽にプレーしてくれ」

「誰も気にしちゃないわよ、そんなこと」

 平常運転、絶対零度の剛力さらら。

「久しぶりの実戦ね、腕がなるわ」

 もちろん、ジョーも気合十分だ。


「エージ」

 渚が俺を見つめる。

「頑張るからね。エージの教えてくれた『未来戦術』で」

「ああ。頼むぜ」

 俺は渚とハイタッチ。渚が一瞬頬を赤らめたが、すぐに引き締まった声でみんなに告げた。


「さあ、行くよ!」

 俺も笑顔でナインを送りだす。先行は相手チーム。百合ケ丘繊維工業ナインがそれぞれの守備位置につく。


 まっさきに飛び出した冥子(三)。

 鋭い眼光でマスク越しに陣形を確認するさらら(捕)。

 初めての試合に目を輝かせるジョー(遊)。

 観客席に手をふる麗麗華(左)に、双子の二神姉妹(右)(中)。

 キリエ(二)、八重ちゃん(一)が軽快にボールを回す。

 そして、無言で白球を見つめる――海老原渚(投)。


「おお、9つすべてのポジションが埋まっとる……夢のようじゃ」早くも歓喜に打ち震える所長。

「プレーボール!」


 晴天の下、審判の声が響き渡る。俺の初陣が始まった。

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