第6話:vs寺田螺旋工業③
かめちゃんの後続打者は惜しくも凡打に倒れ、百合ケ丘チームの守備回となった。渚、麗麗華、二神姉妹らがグラブ片手にグラウンドに飛び出す。
女子と思ってナメていたが、なかなかどうして相手チームも試合の精度は高い。この時代にしてはたいそう立派なグラウンドで年間50試合のリーグ戦。GHQの助成金が出ているという話もあったし、半ば国策として野球が奨励されているのだろう。おそらく練習環境もそれなりのものがありそうだ。
(異世界にも野球があるんやで!)
俺がベンチに腰掛けひとり満足していると、所長がスパイクの紐を結びながら口を開いた。
「エージ、ぼんやりしとるが準備体操は終わったのかね?」
「へい?」と俺。
「へい、じゃないぞい」
所長はキャップをかぶると、俺にグラブを押しつけるように差し出した。
「ウチの野球団に入団希望なんじゃろ? 野球の実力を見せてもらうぞい。おまえさん、確かに見る目はそこそこありそうじゃが、実戦はどんなもんかわからんからの」
俺は必死で首を横に振ってグラブを押し戻した。
「いやいや、そんないきなり無理だってば! そもそも女子リーグなんだろ?」
そもそも俺は、野球の知識に反してプレーは超絶苦手なのである。しかしそれを早々にバラすと何かとマズそうだ。
「何を言っとるんじゃ。バッティングピッチャーにブルペンキャッチャー、やってもらう裏方仕事は山ほどあるぞい。それに、確かにおまえさんは公式試合には出られんが、まあこの物資難の時代じゃ。とりあえず興行を成り立たせんとならん」
興行を成り立たせる? 俺の怪訝な顔を見た所長から、驚愕の言葉が飛び出した。
「ウチは7人しかおらんのじゃ」
「ファッ!? じゃあ足りないポジションはどうしてんだ?」
「相手チームから借りとるんじゃ」
「何その即席レンタル移籍」
「しかし、どこのチームも選手不足は似たりよったりじゃからの。たまに客を出場させたりもするんじゃよ」所長が意味もなく胸を張った。
「客ゥ!?」
年間何十試合もこなしていまだメンバー足りてないのかよ!
「ほい、じゃあワシは遊撃に入るからの。今日三塁が空いとるからエージはそこで」
「いやいやさっきまで常時内野ふたり体制だったのかよ。渚のやつよく抑えてたな。麗麗華もよく7失点で済んだわ。めちゃくちゃだよ」
俺はぶつくさいいながらも諦めてグラブを受け取り、ベンチを一歩踏み出す。
グラウンドに出ると、さらに視界が一変した。球場を照らす初夏の日差し。スニーカーの靴底から感じられる、アンツーカーと天然芝の柔らかな質感。
「ヘイ、ボーイ! しっかり守れよ!」
観客席の黒人兵がこちらを指さし大声で叫んだ。周りの兵隊たちがどっと笑う。俺は曖昧に笑って、所長に指示されたサードへ向かった。
――考えろ、青島エージ。俺は大きく深呼吸。実戦経験はないが、俺にはそれを補って余りある知識があるじゃないか。1イニングぐらいならなんとかしのぎ切れるはずだ。そもそもボールが一度も飛んでこない可能性だってある。
俺はグラウンドを見渡す。レフトには縦ロール麗麗華、右中間は双子のつるちゃんかめちゃん。
サードには所長、セカンドは眼鏡のお団子ヘア少女、ファーストはかなり大柄な女の子。
そしてマウンドには命の恩人、変則二段フォームのピッチャー・渚。
俺は観念して腰を落とし、グローブを構えた。
渚の左足が上がり、その独特のモーションから白球が投げ込まれる。バッターがスイングを開始。鋭い金属音が響き――
「サードっ!」
渚の声と、目前に白球が迫り来るのがほぼ同時だった。
サードは全ポジションで最も苛烈な打球が襲い来る、別名“ホットコーナー”――
――顔面に打球を受けた俺は、またしても気を失った。
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