第5話:vs寺田螺旋工業②
「まー・らー・たん・めん!」
妙な掛け声でタイミングを取りつつ、豪快に空振りするバッター。
「あれ?」
その光景を見た俺は目をこすった。ベンチで麗麗華と談笑しているのは、先ほど好守備を見せた俊足センター・つるちゃん。しかし、今打席に立っているのも――つるちゃんと瓜ふたつの少女だったのだ。俺は狐につままれたような心地でバッターボックスとベンチを交互に見やる。
俺の視線に気がついた麗麗華がくすりと笑って口元を押さえた。
「あらエージさん、ご存じないの? つるちゃんとかめちゃんは双子でしてよ」
「かめちゃん……だって?」
「ほっほ、今打席に立っとるのが二神おかめ。そこに座っとる二神つることは双子の姉妹なんじゃ」
右手の腕飾りを見てみい、と所長が顎をしゃくる。バッターの右手には緑色のブレスレット。このアクセサリーが双子を判別する目印のようだ。ベンチのつるちゃんが白いブレスレットを掲げてみせる。俊足の「つるちゃん」が白で、打席の「かめちゃん」が緑。
「まー・ぼー・どー・ふ!」
またもかめちゃんが空振り。まったく呼吸が合ってない、バラバラのスイングだ。
麗麗華の言から察するにチームの中心打者のようだが、主砲があれなら女子チームの打撃レベルに関してはあまり期待しないほうがよさそうだ――と俺が少々落胆したとき。
「かめちゃーん! そんな掛け声じゃタイミング取れなくってよ」と麗麗華。
「『エビ・チャー・ハン』とかしっくりくるんじゃない?」
渚からもアドバイスが飛ぶ。
「今は辛いものが食べたい気分なんだよう」とむくれるかめちゃん。
「あら、それなら『麻婆茄子』はどうかしら」
麗麗華が縦ロールをいじりながらが提案した。
相手投手が4球目を投げ込む。体付近の速球。
「いやいや、そんなんでうまくいくわけが」
「まー・ぼー・なす!」
掛け声の刹那、衝突音がグラウンドに響いた。
「!?」
白球は一瞬ではるか上空に舞い上がった。腕を巧みにたたんだかめちゃんが、グリップエンドを支点に豪快にスピン。肩口の内角球を驚くべきパワーで強引にすくいあげたのだ。
「うまい……!」
今までの無様な空振りはどこへやら。ミートの技術もさることながら、驚くべきはロケットのように打ち上げられた打球。相手外野手は早々に追うのを諦める。入道雲を突き刺さんとする打球は長い長い滞空時間を経て――レフトに設けられたラッキーゾーンにぽとりと落ちた。拳を突き上げるかめちゃん。緑色の腕飾りがきらめいた。
俺はあまりの飛距離に開いた口がふさがらない。
「飛ばしすぎだろ! なんてパワーだ……!?」
「きゃー、ホームランよ!」麗麗華が手をたたいてはしゃぐ。
「やったよー!」ダイヤモンドを誇らしげに回るかめちゃんが、一塁ベンチに向けてガッツポーズ。妹の一打に双子の姉・つるちゃんも満面の笑みだ。
「すごいな、この双子……」俊足と豪打。姉妹なのにこうも個性が違うものか。
「姉の二神つるこは韋駄天、妹の二神おかめは長距離打者。この二神姉妹が我がチームの要なんじゃ」と誇らしげな所長。
「あれー? 渚、知らない人がいるよ!」とベンチに戻ってきたかめちゃんが俺に気づく。
「かめちゃん、紹介するね。この人は青島エージ。暗黒街に倒れてて――」
「怖いよう!」ひしと抱き合う二神姉妹。
「銃弾飛び交う魑魅魍魎たちの巣窟。一度踏み入れたら最後、生きて帰ることは決してかなわない、法律の外に位置する街。それが暗黒街でしてよ……」麗麗華もガタガタ震えながらつぶやく。
「そんなにヤバイとこだったんだ……」俺の背筋を冷や汗が伝う。
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