王舒   王敦、伏虎を見る

琅邪ろうや王氏 王舒おうじょ

 既出:王敦4



琅邪王氏にはたくさんの名士がいる。

そうすると、評価基準も人それぞれ。


西晋後半頃の琅邪王氏の名士といえば

王衍おうえん王澄おうちょう、それについで王敦おうとん王導おうどう

そんな感じだったろうか。


では当の王氏から見ると、どうか。

王敦が元帝に提出した上表文には、

以下のように書かれている。


王舒おうじょはグッドルッキングのガイです。

 王邃おうすいなんぞよりずっとグッドです。


 私がずっと目をかけてきましたし。


 ただ王衍や王澄は、

 私のサジェストが気にくわんようです。


 こんなことを言ってきました。


『君の FAV.、王舒と王導な。


 いや、王導はわかるぞ、

 あれは実にグッドだ。

 君がレコメンドしたい気持ちもわかる。


 が、王舒。王舒かあ?

 あれがグッドかどうかというタームすら

 オポチュニティを聞かないぞ?

 

 君の発言に間違いはないだろう、

 ないだろう、とは思うのだ。

 が、どうにも王舒については

 アグリーが持てん。


 もしや君も、そろそろあの発言を

 後悔し始めているのではないか?』


まったく、ノーキディングです!

こう言い返してやりましたとも!


『ふふん、まぁ見ていなさいよ、

 今に皆が王舒を讃え始るからな!』


というのも、

人の評価なぞ所詮は水もの。


一度評価を得るとその人の評価は

ストップ高となり、

誰も認めていないころには

必要以上に低く評価される。


その人のについてのレビューが

いわゆるキャズムを越えるかどうかで、

その人のスキルが

オールオアナッシングで語られる!


当人のスキルそのものは

一切変わらないのに、ですよ!


私には、それが許せんのです!」




 王大將軍與元皇表云:「舒風概簡正,允作雅人,自多於邃。最是臣少所知拔。中間夷甫、澄見語:『卿知處明、茂弘。茂弘已有令名,真副卿清論;處明親疏無知之者,吾常以卿言為意,殊未有得,恐已悔之?』臣慨然曰:『君以此試,頃來始乃有稱之者。』言常人正自患知之使過,不知使負實。」


 王大將軍は元皇に表を與えて云えらく:「舒は風概は簡正にして、允に雅人なるを作し、自ら邃より多し。最も是れ臣の少きより拔せるを知る所なり。中間の夷甫と澄は見て語るらく:『卿は處明、茂弘を知したるや。茂弘は已に令名有り、真に卿が清論に副う。處明は親疏にて之を知る者無く、吾れ、常に卿が言を以て意と為すも、殊に未だ得るところ有らず。恐るらくは已にして之を悔いんか?』と。臣は慨然として曰く:『君は此を以て試むるべし、來たし頃にて始めて乃ち之を稱せる者有らん』と。言にては常人の正に自ら之を知らば過たしめ、知らざらば實に負かしむるを患う」と。


(賞譽46)




王舒

実際のところ四十歳くらいまでずっと引きこもってたのだから社交界の花形である王衍王澄が歯牙にもかけないのもうなずける。永嘉えいかの乱が起こって東晋入りした後には、一気に頭角を現していく。本編にもある通り王敦に引き立てられたところもあった彼だが、王敦が死亡すると王敦の縁者である王含おうがん王応おうおう親子を殺害。そして蘇峻そしゅんの乱では北府の郗鑒ちかん、西府の陶侃とうかんレベルでの軍功を挙げている。割と庾亮ゆりょうの上司筋にあたっていたため「蘇峻の乱が起こったのは私のせいです!」と、乱平定後に言いだしているのを陶侃にたしなめられたりもしている。


……改めて調べてみたら、なんだこのすげえ人。


王邃

王舒の弟。ここにしかいない人だが、まぁ社交家系。政務に優れていた、くらいの紹介を受けている。

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