諸葛恢  黒頭公とその娘 

琅邪ろうや諸葛氏 諸葛恢しょかつかい

 既出:王導42、庾亮9、庾亮23



諸葛誕しょかつたんの孫、諸葛恢しょかつかい


王導おうどうさまと

対等の言い合いをしたこともある、

東晋とうしんきっての名士の一人である。


そのかれが建康けんこう入りした時、

自ら「道明どうみょう」と名乗るようになり、

その名声はおう氏、氏に次いだ。


なお、西晋せいしん時代に臨沂りんし令、

つまり琅邪ろうや王氏の本籍地の

長官となったことがあり、

そこですでに諸葛恢、

王導おうどうさまと出会っていた。


当時、王導さまはこうコメントしている。


「あなたさまはきっと、

 髪の毛が黒いうちに公爵にまで

 登りつめられるのでしょうな」


その見立ては正しかったようである。



そんな諸葛恢であるから、子供の縁談は

当然名家同士のものとなる。


諸葛恢の娘、諸葛文彪しょかつぶんひょう

彼女は庾亮ゆりょうの息子、庾会ゆかいに嫁いだ。

が、蘇峻そしゅんの乱で、庾会は殺されてしまう。


その時、彼女は誓って言った。


「私はもう二度と、

 よその家には嫁ぎません!」


彼女がえらく強い女性だったものだから、

やって来る再婚の縁談を、

次々に蹴飛ばしてしまう。


そんな中、諸葛恢が新たな婿に、

と選んだのが、江虨こうひんだった。

その才覚で存在感を示した辣腕官僚だ。


諸葛文彪の再婚のためにも、

四の五のも言ってはいられない。

諸葛恢、縁談をあらかじめ確定させ、

更には新しい家を一軒、

江虨の家の近くに建てた。

その上で、言う。


「文彪よ、引っ越すことになったぞ」


引っ越しなのね?

じゃあついてくしかないわね。

そうして諸葛文彪が新居に移ると、

計画、発動!


諸葛文彪以外の家族は、

みな元の家に帰って行ってしまった!


そう、諸葛恢が

「引っ越すぞ」と言った家。それは、

江虨と諸葛文彪のための家だったのだ。


諸葛文彪が気付いた時には、もう遅い。

もはや家具類も運び込まれており、

諸葛文彪と側仕えたちだけで、

諸葛家に戻れなどするはずがない。


そんな新居に、

江虨、夕暮れごろに訪れる。


「なによあんた!

 親父と一緒に、私をだましたのね!」


諸葛文彪、そりゃもう激しく

泣きわめきながら、江虨をなじる。

だが江虨、それを真正面から受け止めた。


そんなこんなで、数日が経つ。

さしもの諸葛文彪も罵り疲れ、

そのトーンが落ちていった。


江虨は思う。

諸葛文彪の気持ちがほぐれつつある。

ここが、仕掛けどころだ。


江虨、諸葛文彪とは、

転居以来ずっと同じ寝室で、

ただしベッドは別にして眠っていた。


そして、その晩。

江虨、わざとうなされたふりをする。

はじめは僅かに、

それからだんだんと、激しく。


「こ、江さま?」


気が気でない諸葛文彪、側女を呼び、

江虨を起こすように命じた。


しめた。ここだ。


諸葛文彪の言葉を受け、

江虨、跳ね起きる。

そして諸葛文彪と向き合う。


「曲がりなりにも私は士大夫。

 私がうなされたとして、

 どうしてそれをあなたが

 気にする必要があるのか?


 あなたは、私のことを

 気に掛けてくださったのだろう?

 ならばもう、私のことを

 知ってくれも良いはずだ」


あぁ、このお方はどれだけ

私のことを思いやって下さったのか!

にもかかわらず、私と来たら!


諸葛文彪、意固地な己の態度を恥じ、

ついにはねんごろとなった。


ねんごろとなったのだ。

(大事なことなので)




諸葛道明初過江左,自名道明,名亞王、庾之下。先為臨沂令,丞相謂曰:「明府當為黑頭公。」

諸葛道明の初に江左を過ぐるに、自ら道明を名し、名を王、庾の下に亞ぐ。先に臨沂令と為らば、丞相は謂いて曰く:「明府は當に黑頭公と為らん」と。

(識鑒11)


諸葛令女,庾氏婦,既寡,誓云:「不復重出!」此女性甚正彊,無有登車理。恢既許江思玄婚,乃移家近之。初,誑女云:「宜徙。」於是家人一時去,獨留女在後。比其覺,已不復得出。江郎莫來,女哭詈彌甚,積日漸歇。江虨暝入宿,恆在對床上。後觀其意轉帖,虨乃詐厭,良久不悟,聲氣轉急。女乃呼婢云:「喚江郎覺!」江於是躍來就之曰:「我自是天下男子,厭,何預卿事而見喚邪?既爾相關,不得不與人語。」女默然而慚,情義遂篤。

諸葛令が女は庾氏の婦なれど、既に寡さば、誓いて云えらく:「復た重ねて出でざらん!」と。此の女性は甚だ正彊にして、登車の理を有せる無し。恢は既にして江思玄が許に婚ぜらば、乃ち家を移し之に近づく。初にして、女を誑して云えらく:「宜しく徙るべし」と。是に於いて家人は一時にて去り、獨り女を留め後に在らしむ。比の其を覺らば、已にして復た出でたるを得ず。江郎の莫に來たるに、女の哭詈せるは彌いよ甚だしかれば、積日にして漸く歇む。江虨は暝れて宿に入るに、恆に床上に對して在り。後に其の意の轉た帖せるを觀、虨は乃ち詐り厭れ,良や久しうして悟らざらば、聲氣は急なるに轉ず。女は乃ち婢を呼びて云えらく:「江郎を喚びて覺ますべし!」と。江は是に於いて躍り來たりて之に就きて曰く:「我れ、自ら是れ天下の男子なれば、厭さるるも、何ぞ卿が事に預りて喚ばるるを見んや? 既にして爾るに相い關わらば、人と語らざるを得ざらん」と。女は默然として慚じ、情義は遂に篤し。

(假譎10)




諸葛恢

王導との口げんかはだいぶガキっぽい。この当時の王氏諸葛氏の並び称され方が「王葛」だったもんだから王氏のほうが上だ、と言い張る王導に対し、諸葛恢の反論は「おまえ驢馬って書くけど、ロバと馬とでロバのほうが上だって思うのか? そんなんただの言いやすさだ、言いやすさ!」みたいに言い返してる。まぁ、そんなガキっぽい言い合いができるほど仲が良かった、ってことなんでしょうね。


諸葛文彪

庾氏と江氏じゃ家格が圧倒的に違うんですよね。再婚ともなると、どうしても貰い手の家格が落ち気味になってしまい、それを彼女は嫌ったのかもしれない。江虨のこの態度、誠実さを示したって見方もできそうだけど、一方では「なんとしてでも諸葛氏の縁戚になってみせる」みたいなスケベ心もないではない気もする。それにしたってこの人はずいぶん我慢強いよな、諸葛文彪とかどう考えても文才めっちゃあったろうし、そんな人からの面罵とかあらゆる角度から魂抉ってくるクチのアレだったろうに……。

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