陳寔2  子を罰する父  

潁川えいせん太守が、陳寔ちんしょくこんけい刑、

まげを切り落とさせる罰を下した。


この話は潁川郡中でも

だいぶ話題になったそうである。


陳寔の息子、陳紀ちんきのところに来た客も

やはりこの話題に言及している。

あらましは、このような感じだ。


「潁川太守はどのようなお方ですか?」

「高い見識をお持ちの方です」

「あなたのお父上はいかがでしょう?」

「忠臣にして孝行ものです」


おやおやぁ~?

客どの、いやらしい笑み。


「ほほう、それは妙ですなぁ。

 易経えききょうにも載っておりましょう?


 二人同心 其利斷金

  ふたりが志を同じくすれば

  その鋭さは金をも断つ。


 同心之言 其臭如蘭

  志の揃った二人の言葉からは

  蘭の如きかぐわしさが漂う


 どうして見識高き長官さまが

 忠臣孝子を処罰するでしょうか?」


陳紀は答える。


「話にもなりませんね!

 到底答える気にはなりません」


あぁん? 客氏、更に絡む。


「お前あれか、ただ腰をかがめてりゃ

 それが恭しい態度に

 なるとでも思ってんのか?


 本当は、

 ただ答えられないだけなんだろう」


ほう、言いやがったな?

陳紀が、ぎらりと客氏をにらむ。


「では、貴方様はいん高宗こうそう武丁ぶてい

 尹吉甫いんきっぽ董仲舒とうちゅうじょ

 以上の三人について

 どのように説明なさるおつもりですか?


 高宗は見識高きお方でしたが、

 それでも讒言に惑わされ、

 できた息子の孝己こうきを追放しました。


 周の公卿であった尹吉甫も

 後妻の言葉に惑わされ、

 できた子の伯奇はくきを追放しかけました。

 もっともこちらは伯奇の機転により

 回避されてはおりますが。


 そして、董仲舒。

 かれもまた、同じように

 できた息子の符起ふきを追放しております。


 この三人の父はともに高い見識のお方。

 この三人の子は共に優れた子。


 そうではありませんでしょうか?」


陳紀のこの舌鋒するどき反論に、

客氏はすごすごと退散したそうである。




潁川太守髡陳仲弓。客有問元方:「府君何如?」元方曰:「高明之君也。」「足下家君何如?」曰:「忠臣孝子也。」客曰:「易稱『二人同心,其利斷金;同心之言,其臭如蘭。』何有高明之君而刑忠臣孝子者乎?」元方曰:「足下言何其謬也!故不相答。」客曰:「足下但因傴為恭不能答。」元方曰:「昔高宗放孝子孝己,尹吉甫放孝子伯奇,董仲舒放孝子符起。唯此三君,高明之君;唯此三子,忠臣孝子。」客慚而退。


潁川太守は陳仲弓を髡ず。客有りて元方に問うらく:「府君は何如?」と。元方は曰く:「高明の君なり」と。「足下が家君は何如?」と。曰く:「忠臣、孝子なり」と。客は曰く:「易に稱すらく『二なる人、心を同じくせば、其の利きは金を斷たん。同心の言、其の臭は蘭が如し』と。何ぞ高明の君有りたるに忠臣孝子は刑されんか?」と。元方は曰く:「足下が言は何ぞ其れ謬なりや! 故に相い答えず」と。客は曰く:「足下は但だ傴なるにて恭を為せるに因り、答う能わざらん」と。元方は曰く:「昔、高宗は孝子の孝己を放じ、尹吉甫は孝子の伯奇を放じ、董仲舒は孝子の符起を放ず。唯だ此の三君、高明の君なり。唯だ此の三子、忠臣孝子なり」と。客は慚じ退る。


(言語6)




高宗、尹吉甫、董仲舒

いずれも史書記述には息子追放の話はなく、例えば高宗は「帝王世紀」と言う本に、尹吉甫は「琴操」と言う本にその逸話が載っている感じで、まぁ要は民間伝承のたぐいである。あと董仲舒については、そのエピソードが載っている典拠そのものが劉孝標りゅうこうひょうの段階でもう失われていたという。つまりどれもこれもがだいぶウサンクセーお話である。つーか「孝子」の名前で韻踏んでるから、ラストは調子合わせただけだろ疑惑が半端ない。


で、その辺について劉孝標のツッコミはやけにアツい。こんなかんじ。


按寔之在鄉里,州郡有疑獄不能決者,皆將詣寔,或到而情首,或中途改辭,或託狂悸,皆曰「寧為刑戮所苦,不為陳君所非。」豈有盛德感人若斯之甚,而不自衛,反招刑闢,殆不然乎?此所謂東野之言耳!

えっちょ、いまいちお裁きを確定しきれないよーな罪人を陳寔のところに連れて行くと、大体のやつがゲロったっていうじゃん。ある人はいきなりあらいざらいしゃべったり、あるひとはこれまでの否認をあっさり覆したり、ある人は気が動転しまくってさ。で、そいつらには「刑罰で苦しめられることよりも陳寔様に責められるほうがつらい!」っていわしめた。そこまで人を感化させるほどに功徳高いお方が、どーして処罰を受けたりなんかしなきゃいけなくなるってのさ? あーもうこれデマデマ!


とりあえず劉孝標は陳寔が大好きだったもようである。

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