支遁10 圍棋する人々 

圍棋いき


当時における囲碁である、たぶん。

これまでもそいつをたしなむ人々は

結構見かけたが、そろそろどばっと

お蔵出ししてみよう。



例えば王坦之おうたんし

かれは圍棋を、その場におりながらの

隠棲と考えていた。


例えば支遁しとん

かれは圍棋を、手でもってなす

対話である、と認識していた。



三国呉の名文官、顧雍こようには、

こんなエピソードがある。


顧雍が客を集めて盛大に宴会を催し、

参加者と圍棋していたそーである。

そこに何通もの手紙がもたらされた。

その中に息子、顧劭こしょうからのものがない。


このとき、顧劭。任地で亡くなっていた。


もともと筆まめだったのか、

あるいはそれまでの手紙に

ほのめかされていたのか。

いずれにせよ顧雍、顔には出さず、

その代わり、手のひらに爪を埋め込み、

袖元を血に濡らすことで、

乱れる心を抑え込んでいた。


客が帰ったあと、

ようやく嘆息しながら、言う。


「私には季札きさつのような高い志はない。

 ならば、号泣して失明する、

 などといった真似を、

 しでかすわけにはゆかぬよな」


そう言うと、ぱっと気持ちを晴らし、

泰然とした顔つきに戻るのだった。



羊祜ようこのいとこの息子、羊忱ようしん

彼は博学能書に加えて、

騎射にも優れ、圍棋の腕も抜群だった。


これ以降の泰山たいざん羊氏のもので、

学問に優れたものは多かったが、

騎射や博打にまで

才能が及んだものはいなかった。



ところで圍棋のコマを、

全く別の遊びに使ってた人たちがいる。


例えばわれらが曹魏そうぎ文帝、曹丕そうひさまだ。

かれは化粧箱の上にコマを置き、

それで相手の陣営のコマを弾く遊び、

いわゆる彈棋の達人だった。


彼はなんと、コマを指ではなく、

手ぬぐいを用いて弾く。

しかもそれでいて、バシバシ狙い通りに

相手のコマを弾くのだ。


そこに、一人の客が名乗りを上げた。

ワイもっとすげえっすよ! びびれ!


おっ、やんのかコラ!

曹丕さまもノリノリでこの挑戦を受ける。


化粧箱の前に座る客人、居並ぶコマ。

さあ、やつはどう出る。

かたずを飲むギャラリー。


すると客人、突然頭を下げた。

そして、自身のかぶっている冠、

その端っこでコマを弾くではないか!


しかもその精度は

曹丕さま以上であった、という。




王中郎以圍棋是坐隱,支公以圍棋為手談。

王中郎は圍棋を以て是れ坐隱とし、支公は圍棋を以て手談と為す。

(巧蓺10)


豫章太守顧劭,是雍之子。劭在郡卒,雍盛集僚屬,自圍棋。外啟信至,而無兒書,雖神氣不變,而心了其故。以爪掐掌,血流沾褥。賓客既散,方歎曰:「已無延陵之高,豈可有喪明之責?」於是豁情散哀,顏色自若。

豫章太守の顧劭は是れ雍が子なり。劭は郡に在りて卒す。雍は盛んに僚屬を集め、自ら圍棋す。外より信の至るを啟せど、兒が書無く、神氣變ぜずと雖ど、心は其の故を了る。爪を以て掌を掐り、血流は褥を沾む。賓客の既にして散ざば、方に歎じて曰く:「已にして延陵の高み無く、豈に喪明の責有すべからんや?」と。是に於いて情を豁き哀を散じ、顏色は自若なり。

(雅量1)


羊長和博學工書,能騎射,善圍棋。諸羊後多知書,而射、奕餘蓺莫逮。

羊長和は學に博く書に工みにして、騎射を能くし、圍棋を善くす。諸羊が後の多きは書を知れど、射、奕、餘蓺に逮びたる莫し。

(巧蓺5)


彈棋始自魏宮內,用妝奩戲。文帝於此戲特妙,用手巾角拂之,無不中。有客自云能,帝使為之。客箸葛巾角,低頭拂棋,妙踰於帝。

彈棋は魏が宮內より始まり、妝奩を用い戲す。文帝は此の戲にて特に妙なれば、手巾が角を用い之を拂い、中らざる無し。客に自ら能くせると云うもの有り、帝は之を為さしむ。客は箸けたる葛巾が角にて、頭を低らげ棋を拂わば、妙なること帝に踰ゆ。

(巧蓺1)




季札

旅先で子供が死んだとき、「肉体は滅べど、魂はいつでもそばにある」と、孔子もびっくりなくらいの薄葬を行った。しかしそれは形式ではなく、心持が素晴らしいものであった、と孔子は語る。これたぶん地元に戻ってから別途葬式を挙げたんだろうなぁとは思うのだけれども。


子を亡くして失明

孔子の弟子、子夏しかの身に起こった事態。泣き過ぎて目がつぶれて失明した。それを兄弟弟子に咎められている。


羊忱

いや劉義慶りゅうぎけいさんのほぼ同世代人の羊玄保ようげんぽが当代の囲棋トップクラスなんですけどね?

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