王戎10 アンタが好きよ 

王戎おうじゅうさんと奥さんの関係は、

なかなかゴキゲンである。


夫のことを、妻が立てる。

これが当時の常識だ。


なのだが、奥さん。

「ねえアンタ」とか言っちゃう。平然と。


これに困っていたのは、

他ならぬ王戎さんである。


「おまえね、妻が夫をアンタと呼ぶのは、

 不敬と取られても仕方ないのだ。

 いいか、そんな呼び方、

 二度とするもんじゃあ、ない」


が、奥さま。

知ったこっちゃねえ、と言い返す。


「アンタが好きで、アンタを愛してるの。

 だからアンタをアンタって呼ぶの。

 私以外の誰が、

 アンタをアンタって呼べるの?

 誰が私以上に、

 アンタを愛せるのかしらね?」


いやいや、連呼しすぎですから。

参った、と王戎さん、奥さんの

アンタ呼ばわりを受け容れたそうな。




王安豐婦,常卿安豐。安豐曰:「婦人卿婿,於禮為不敬,後勿復爾。」婦曰:「親卿愛卿,是以卿卿;我不卿卿,誰當卿卿?」遂恆聽之。


王安豐が婦は常に安豐を卿とす。安豐は曰く:「婦人の婿を卿せるは、禮にて不敬為らん。後には復た爾る勿れ」と。婦は曰く:「卿に親しみ卿を愛さば、是を以て卿を卿とす。我れの卿を卿せずんば、誰が當に卿を卿せんや?」と。遂に恆に之を聽す。


(惑溺6)




「卿と言うな」と言った瞬間「卿」と連発するこのおっかさん、マジでとんちクイーンですわな。「卿を卿扱いする」みたいな表現、そんなぱっと思いつくもんでもないと思うんですよ。あるいはこれ、いざ釘を刺そうとされたとき向けに温存しておいたとか? どうでもいいけど奥さんの言葉が四字句になっていて、「実は詩経に載ってます!」とか言われても何ら驚かなさそうな気すらした。

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