阮籍1  真人嘯謡    

竹林七賢ちくりんしちけん 阮籍げんせき 全7編

 既出:司馬昭3、司馬昭6、司馬昭7

    司馬昭7、王導5、謝安37

    王恭13、劉伶1、阮咸3

    阮咸4、山濤6、嵆康3



阮籍の歌はよく通る。

百メートル弱離れたところからも

聞き取れるくらいだ。


そんな阮籍さんの、

歌にまつわるエピソードである。


蘇門そもん山に「真人」、

老子の道の境地を体現した人がいる、と

木こりたちが噂していた。

阮籍、その話を聞き、会いに行った。


そのひとは、いた。

巌の側で膝を抱え、たたずんでいる。


阮籍は岩をよじ登って彼のもとに向かい、

足を放り出し、向き合った。


そして語る。

黄帝こうてい神農じんのうが辿り着いた

玄奥なる境地について。

またいんしゅうの徳高き時代のことを。


これらについて、あなたはどうお考えか?


が、真人は反応しない。


次いで阮籍は語る。

人為ではだめか。それならば、

人知を超越した世界のこと、

気を我が精神に取り込むこと、

などの話をしてみたが、やはりだめ。


そのうつろなまなざしは、

何ものも映さない。


やれやれ、これは困った。

遂に阮籍、歌いだす。


しばらくすると、

真人にようやく反応があった。

阮籍に向け、にっこりと、笑う。


「もっと聞かせてくれ」


よし来た、任せてくれ。

阮籍、求めに応じ、歌う。


そのレパートリーが尽きたところで、

阮籍、腰を上げ、巌を下りた。


帰途の半ば、阮籍の耳に

のびやかな歌声が届く。


それは林に、谷に響き渡り、

まるで大編成の

オーケストラが如き、

豊饒な音楽となっていった。


阮籍は振り返る。

あの真人が、歌っていたのだ。




阮步兵嘯,聞數百步。蘇門山中,忽有真人,樵伐者咸共傳說。阮籍往觀,見其人擁膝巖側。籍登嶺就之,箕踞相對。籍商略終古,上陳黃、農玄寂之道,下考三代盛德之美,以問之,仡然不應。復敘有為之教,棲神導氣之術以觀之,彼猶如前,凝矚不轉。籍因對之長嘯。良久,乃笑曰:「可更作。」籍復嘯。意盡,退,還半嶺許,聞上(口酋)然有聲,如數部鼓吹,林谷傳響。顧看,迺向人嘯也。


阮步兵が嘯は數百步に聞こゆ。蘇門山が中にて、忽ち真人有り、樵を伐てる者は咸な共に傳え說く。阮籍は往きて觀、其の人の膝を擁え巖に側すに見ゆ。籍は嶺に登りて之に就き、箕踞し相い對す。籍は終古を商略し、上にては黃、農が玄寂の道を陳べ、下にては三代が盛德の美を考え、以て之を問えど、仡然として應じず。復た有為の教を敘し、棲神導氣の術を以て之を觀るに、彼は猶お前の如くし、凝矚として轉ぜず。籍は因りて之と對し長嘯す。良や久しうし、乃ち笑いて曰く:「更に作すべし」と。籍は復た嘯ず。意盡きて退り、還りたること嶺の許の半ばにして、上に(口酋)然たる聲の有るを聞く。數部の鼓吹が如きは林谷に傳わり響く。顧り看みたれば、迺ち向きの人の嘯なり。


(棲逸1)




世説新語中、最も好きなエピソードのひとつです。なおここで歌ってる真人は、一説には後に見える、嵆康けいこうの末路を喝破した孫登そんとうなのかもしれないのだとか。けどこの人が嵆康には話して阮籍には話さないってものもよくわかんないしなあ。個人的には別人説を押したいところです。

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