郗超7  納棺の日    

郗超ちちょう桓温かんおんさまの幕僚として

多くの策謀を立て、

その簒奪謀議にもかかわっていた。


桓温死亡の五年後、郗超も死亡。

息子に先立たれた父親の郗愔ちいん

初めてそれを知った時には

ショックのあまり慟哭し、

病を得た。


さて郗超は死の直前、父親が

そうなってしまうであろうことを

予見していた。


なので手元にあった箱を引き寄せ、

侍従に渡す。


「ここには桓温さまと巡らせた

 簒奪謀議の手紙が残っている。


 焼き捨てようと思っていたのだが、

 お年を召した父上が

 私の死後に悲しみのあまり

 倒れてしまうのでは、と心配でならぬ。


 もし父上にそのようなことがあれば、

 この箱を見せてやってほしい」


郗愔は凡庸でこそあったが、

忠勤の士である。


まさか息子が桓温さまの簒奪謀議の、

しかも首謀者に近かったとは!

これには悲しみも忘れ、大激怒。


「あんな奴、もっと早くに

 死んでしまえばよかったのだ!」


そう、吐き捨てることが

できるくらいにまで回復した。



以上がこのエピソードの前段である。

長い。



そんな郗超の葬儀が営まれる、

と、郗愔の侍従が報告する。


すると郗愔、それを聞いても

悲しむ様子もなく、


「納棺の時が来たら教えてくれ」


とだけ伝えるのだった。


納棺の日になった。

郗愔、その顔から

怒りや失望は隠し切れない。


が、棺桶にすがりつくと、

結局は盛大に慟哭してしまうのだった。




郗嘉賓喪,左右白郗公「郎喪」,既聞,不悲,因語左右:「殯時可道。」公往臨殯,一慟幾絕。


郗嘉賓の喪ぜるに,左右は郗公に「郎喪ず」と白う。既に聞けど悲しまず、因りて左右に語るらく:「殯せる時を道いたるべし」と。公は往きて殯に臨み、一に慟すること幾た絕たり。


(傷逝12)




「前段」が世説新語になくてびっくりした。いやこれ、郗超を語るにあたって真っ先に出てくるエピソードなんすよ。それが抜けてるのは、あれかな、「このネタはもう常識すぎでしょ?」的な奴なのかしら。


謝安さまの下駄の歯を折ったことといい、一番美味しい所を避けてるのがなんだかおもしろい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る