殷浩16 お医者さんごっこ

殷浩いんこうさん、医術にも精通していたが、

この時代の医術はいやしき仕事とされていた。

いつまでも遊んでいるべきものでもない。

ある時を境に医術から足を洗っていた。


が、ある時、給仕の一人がうめいてる。

床に額をごんごんと打ち付け、

派手な流血を決めている。


えっお前なにやってんの、

殷浩さんが聞くと、答える。


「身内の死に遭いそうなのですが、

 殷浩様に語れるような

 ことではございません」


いやいや、それ打ち明けときながら

話せるも話せないもねーだろうよ。

殷浩さん、さらに突っ込んで話を聞く。

すると給仕は言った。


「私の母はそろそろ百歳に

 届こうという所なのですが、

 病を得ること久しいのです。


 医をお捨てになった殷浩様に

 このようなことを申し上げるのは

 憚られましたが、かくなる上は

 そうも言ってはおれません。


 どうか、母を診ては

 下さいませんでしょうか。

 ことさえ済んでしまえば、

 この首をはねられましても

 お恨み申し上げますまい」


医だなんて卑しいふるまいを、

下人のためにさせろ、というのだ。

怒った殷浩さんに殺されても

仕方のないふるまいである。


だからこそ、かれは躊躇したのだろう。

けれども、母への想いが勝った。


殷浩さん、給仕の決意に撃たれた。

母を連れて来いと命じ、

そして診療、薬湯を煎じ、飲ませる。

すると母親、瞬く間に快癒した。


これが済んでから殷浩さん、

医学書をすべて焼き捨てたそうである。



 

殷中軍妙解經脈,中年都廢。有常所給使,忽叩頭流血。浩問其故?云:「有死事,終不可說。」詰問良久,乃云:「小人母年垂百歲,抱疾來久,若蒙官一脈,便有活理。訖就屠戮無恨。」浩感其至性,遂令舁來,為診脈處方。始服一劑湯,便愈。於是悉焚經方。


殷中軍は經脈を妙解せど、中年にて都べて廢す。常に給使せる所有り、忽ち叩頭し流血す。浩の其の故を問うに、云えらく:「死事有れど、終には說かるべからず」と。詰問せること良や久しうし、乃ち云えらく:「小人が母は年百歲に垂んとす、疾を抱けること來たりて久しく、若し官の一脈を蒙らば、便ち活理有らん。訖わらば屠戮に就けど恨み無し」と。浩は其の至性に感じ、遂には舁來せしめ、脈を診たりて處方せるを為す。始め一なる劑湯を服さば、便ち愈ゆ。是れに於いて悉く經方を焚く。


(術解11)




医は賤業という考え方、現代に生きてると馴染まなくてヤバい。

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