政治家編 西晋

司馬倫1 富貴より貧乏へ 

ちょう王 司馬倫しばりん(八王) 全3編

 既出:謝安34


りょう王・司馬彤しばゆうと趙王・司馬倫。

共に晋の重鎮であり、彼らの元には

多くの財貨が集まっていた。


そのことを知っていた裴楷はいかいと言う人は、

両名の封爵国に請願し、

財貨を恵んでもらっていた。

そしてそれらを、内外の貧しい人に

分け与えていた。


裴楷のこの振る舞いを

ある者が批判している。


「物乞いをしてまで、

 人に恵もうとするのは

 いささか浅ましいのではないか?」


だが裴楷、

この手の批判に対しては無敵である。

こう対応している。


「財貨が有り余っているところを削り、

 足りていないところを補う。

 これこそがなされるべきことである」




梁王、趙王,國之近屬,貴重當時。裴令公歲請二國租錢數百萬,以恤中表之貧者。或譏之曰:「何以乞物行惠?」裴曰:「損有餘,補不足,天之道也。」


梁王と趙王とは國の近屬たれば、當時には貴め重んぜらる。裴令は公歲として二國に數百萬の租錢を請い、以て中表の貧しき者に恤る。或るものは之を譏りて曰く:「何をか以て物を乞いて惠むを行わんか?」と。裴は曰く:「餘有るを損じ、足らざるを補う、天の道なり」と。


(德行18)




裴楷

彼の出自である河東かとう裴氏は、当時のド名家である。そこの一員だからこそ司馬氏宗族にこのような請願を行うことができた。ちなみに幼いころ、かの鍾会しょうかいさんに「こいつは大物になるぞ」って褒められてたりもするし、八王の乱が始まるか始まらないかと言った辺りで死亡している。つまり晋の春満開の時期に生まれ育った人で、ある意味逃げ切り組。「衣食足りて礼節を知る」と言った感じである。


司馬彤

司馬懿の八男。清廉潔白な無能。すげえ評価だ。

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