簡文32 卓逸文人・習鑿齒
文人の
群を抜いて際立っていた。
そのため
三十を前にして
この取り立てに対する
返礼の書にて、習鑿齒は
「桓温さまにお会いできねば、
荊州の一小役人として
老いさらばえておったことでしょう!」
と述べている。
後に荊州府の使者として建康に出向き、
この時桓温さま、
すでに簒奪の意図満々。
帰ってきた習鑿齒より、
謁見の報告を聞く。
そして、問う。
「会稽王のご様子はいかがか?」
「はい、あれほどご立派な方は
かつて見たこともございません!」
おいおい習鑿齒お前それ言っちゃうかよ、
習鑿齒、ピンポイントで地雷を踏んだ。
今上帝を廃し、後がまに簡文さまを据え、
「簡文さまの不徳を理由に」禅譲させる、
という野望を抱いていた桓温さまである。
簡文さまが
ご立派な人物であっては困るのだ。
こうして桓温さまの期待を損ねた習鑿齒、
錯乱に陥った。
更には病にもおかされるのだが、
そのような中で『
ここには
「天下統一を為したものこそが
天に
という記述があり、
これはまた、桓温さまの登極が
天に祝福されるものではない、
と暗に訴えてもいるものだった。
この本は、世間から多大な絶賛を受けた。
習鑿齒史才不常,宣武甚器之,未三十,便用為荊州治中。鑿齒謝牋亦云:「不遇明公,荊州老從事耳!」後至都見簡文,返命,宣武問「見相王何如?」答云:「一生不曾見此人!」從此忤旨,出為衡陽郡,性理遂錯。於病中猶作漢晉春秋,品評卓逸。
習鑿齒が史才は常ならず、宣武は甚だ之を器とし、未だ三十とならずして、便ち用いて荊州治中と為す。鑿齒の謝せる牋にては亦た云えらく:「明公に遇わずば、荊州にて老いて事に從いたるのみ!」と。後に都に至りて簡文を見、命を返ずれば、宣武は問うらく「相王を見たるに何如?」と。答えて云えらく:「一なる生にて曾て此なる人を見ず!」と。此れに從いて旨に忤い、出でて衡陽郡と為り、性理は遂にして錯す。病中に於いて猶お漢晉春秋を作し、品評は卓逸す。
(文學80)
このエピソードの箋疏に桓温の幕佐としてのすげえ奴ら、が挙げられていてにやりとした。
渚宮舊事五曰:「溫在鎮三十年。參佐習鑿齒、袁宏、謝安、王坦之、孫盛、孟嘉、王珣、羅友、郗超、伏滔、謝奕、顧愷之、王子猷、謝玄、羅含、範汪、郝隆、車胤、韓康等,皆海內奇士,伏其知人。」
習鑿齒、
漢晋春秋
この本のロジックは以下のようだ。周と漢の間には秦が挟まっている、が秦は徳望に著しく欠けた国家であったため速やかに滅び去った。故に漢は周の宗廟を継承している。まったく同じことが漢、魏、晋の間でも言える。「魏が徳望に著しく欠けた国家であるため」速やかに滅び去ったのだ、と。
なお、漢の宗廟は昭烈帝劉備、即ち我々がよく知る所である名で言う所の「蜀」、正式な国号で言えば漢が継いでいる。しかしその徳望の衰えは著しかったため、遂には二代目皇帝劉禅の手から司馬昭の元へ天命が委ねられた、とされている。
桓温さまの権勢が魏の曹操、曹丕親子のように大きくなったからと言って、それが正統の証になるわけじゃないんですよ、譲られるべきから譲られて、その上で天下を統一できたものが皇帝としての天命を受けているという事になるんですよ、と言う訳だ。
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