謝安67 鼠を燻す    

謝安しゃあんさまの兄の内、影が薄い方のひと、

謝拠しゃきょが以前、屋根裏に登って

鼠を燻したことがあった。


煙は低い所から高いところに向かう。

屋根裏に登って燻してしまっては、

煙はとっとと外に逃げてしまい、

鼠を追い払うことはできない。


結局全然鼠は駆逐できず、

この失敗は巷間の笑いものとなった。


さて謝拠の息子である謝朗しゃろう

この話の当事者が、

まさか自分のパパのことだとは

思いもよらない。


皆と一緒に「ばっかでーそいつwww」

と、大笑いするのだった。


しかも、方々でそのことを

言いふらしているではないか。


こいつぁ事態を理解してねぇ、

謝安さま、慌てて謝朗の元に行く。


そして、世間話のついでと言う体で、

例の失敗について語るのだった。


「そう言えば、以前にな。兄と私とで

 鼠を燻そうとしたことがあったのだ。

 ところが二人とも、具体的には

 どうすればいいのか

 よくわからなくてね。


 結局屋根裏で煤に汚れる、

 肝心の鼠は全く追い払えない。


 世間では、このことで兄上が

 謗られているようだ。

 もちろん、それを共に行った私もな」


これを聞いた謝朗、知らぬこととは言え

パパを大笑いして

しまっていたことに気付く。


恥ずかしさと申し訳なさで、

ひと月もの間みそぎを行ったという。



それにしても、筆者は思うのである。


謝安さまが謝拠の過ちに脚色し、

敢えて自分も巻き込まれた風に語り、

謝朗にこのことを悟らせたのは、

実に情け深きふるまいである、と。




謝虎子嘗上屋熏鼠。胡兒既無由知父為此事,聞人道「癡人有作此者」。戲笑之。時道此非復一過。太傅既了己之不知,因其言次,語胡兒曰:「世人以此謗中郎,亦言我共作此。」胡兒懊熱,一月日閉齋不出。太傅虛託引己之過,以相開悟,可謂德教。


謝虎子は嘗て上屋を熏鼠す。胡兒は既にして父が此の事を為せるを知る由無く、人に聞きて道えらく「癡人に此れを作す者有り」と。戲れて之を笑う。時に此れを道うに復た一過に非ず。太傅は既に己の知らざるを了え、因りて其の言を次ぎ、胡兒に語りて曰く:「世が人は此れを以て中郎を謗らん。亦た我れの言うに、共に此れを作さん」と。胡兒は懊熱し、一月の日、齋を閉じて出ず。太傅は虛託し己が過ちと引きて、以て相い開悟し、德の教わるるを謂ゆるべしとす。


(紕漏5)




またもエッセイ。


これ謝安66と著述者一緒だろ。

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