王導52 周顗処刑さる  

王敦おうとんの乱がおこると、王導おうどうさまら兄弟は

謝罪のために何度も宮殿に足を運んでいた。


この様子を、周顗しゅうぎは深く憂慮していた。


ある時、王導さま、周顗を呼ぶ。


「わしの残された家族、

 所領にいる使用人たちのこと、

 どうか引き受けては下さるまいか」


みずからの命を掛けてでも、

家族を、後進を守ろう、というのである。


ふざけるな、周顗は思う。

王導は、まだ死ぬべき男ではない。


なので、王導さまのこの申し出を

無言で突っぱね、立ち去った。


その上で宮中に参内、王導ら兄弟の命を

救ってください、と必死で懇願した。


その甲斐もあってか、王導さまたちは

王敦の郎党であるにもかかわらず、

処刑されずに済んだ。


周顗、このことに大喜び。

浴びるように酒を飲んだ。

そしてふらふらと出歩いたところに、

ちょうど処刑撤回のお裁きを得た

王導さまらと会う。


酔っぱらっていた周顗、つい口走る。


「おう、王導、良かったな!

 それじゃあ反逆者を殺して、

 大殊勲を得るとするか!」


……あん?


いくら反逆者と言えど、王敦は親族。

もちろん逆賊は討たれねばならない。

しかし、我が片身を

引き裂かねばならないことに変わりはない。


そんなこちらの気持ちも知らず、

よくぞ言ってくれたものだ。


それでなくとも、王導は先日、

周顗に人生最大の頼みごとを

袖にされたばかり。

いくら王導さまでも、

この野郎、とは思えずにおれなかった。


一回目の王敦の乱は、

結局王敦の勝利であった。


周顗の名前は、王敦の言う「君側の奸」、

つまり皇帝を惑わした奸臣に

リストアップされている。

だが、王導さまと懇ろな人物ではある。

なので王敦、周顗の処遇について

王導さまに問う。


「周顗は三公にするべきであろうか?」


王導さま、答えない。


「では、尚書令か?」


またしても答えない。

ここまでのやり取りを経て、

王敦としても悟るところがあったのだろう。

やがて、重々しく口を開く。


「――ならば、殺すしかないぞ?」


これにも王導さま、

やはり答えられなかった。


こうして、周顗は処刑された。


後日、初めて周顗の助命嘆願が

王導さまに知らされた。

この話を聞き、王導さま、

大いにショックを受ける。


「わしが手を掛けたわけではない。

 だが、わしがかれを

 死に追いやったも同然だ。


 周顗よ、この借りは、

 向こうで返させてくれ」




王大將軍起事、丞相兄弟詣闕、謝。周侯深憂諸王、始入甚有憂色。丞相呼周侯曰:「百口委卿。」周直過不應。既入、苦相存救。既釋、周大說、飲酒。及出諸王、故在門、周曰:「今年殺諸賊奴、當取金印如斗大、繫肘後。」大將軍至石頭、問丞相曰:「周侯可為三公不?」丞相不答。又問:「可為尚書令不?」又不應。因云:「如此、唯當殺之耳?」復默然。逮周侯被害、丞相後知周侯救己、嘆曰:「我不殺周侯、周侯由我、而死!幽冥中、負此人!」


王大將軍の起つるに事し、丞相ら兄弟は闕に詣で謝す。周侯は深く諸王を憂う。始め入れるに、甚だ憂色有り。丞相は周侯を呼びて曰く「百口を卿に委ぬ」と。周は直だ過りて應ぜず。既にして入らば、苦ろに相い存救す。既に釋さるに、周は大いに說びて酒を飲む。諸王の出るに及び、故より門に在り。周は曰く「今年に諸賊の奴を殺し、當に金印の斗大の如くなるを取り、肘後に繫くべし」と。大將軍は石頭に至り、丞相に問うて曰く「周侯は三公と為すべきや不や?」と。不丞は相い答えず。又た問うらく「尚書令と為さるや不や?」と。又た應えず。因りて云えらく「此くの如くなば、唯だ當に之を殺すべきのみ」と。復た默然す。周侯の害を被るに逮び、丞相は後にして周侯の己を救わんとせるを知る。嘆じて曰く「我れ周侯を殺さざるも、周侯は我に由りて死す。幽冥の中、此の人を負わん」と。


(尤悔6)




ただただ寂寥感のあるこのエピソード、世説新語中でも特に切なくて好きです。ひょうひょうとした王導が、周顗を間接的に殺したことに対し覚える悔恨の念は、とっても文学。ごちそうさまでした。

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