王導34 武昌の夜    

蘇峻そしゅんの乱が収束したのち、

その乱を引き起こしてしまった責任を取って

庾亮ゆりょうは中央から西府せいふに退いた。

その頃のことである。


秋の夜。

風は心地良く、空気は澄み渡っている。


夜気に当てられ、

殷浩いんこう王胡之おうこしと言った人たちは

城の南部にある高台に集まり、

詩を吟じていた。


そこへ、いくつもの靴音が響いてくる。

見れば高台と城とをつなぐ道を、

庾亮が十数人の侍従を引き連れ、

向かって来ているではないか。


やべえ、もしかしてこれ、

怒られるパターンかな。

みんなドキドキしながら

退散しようとした。


ら、庾亮が言う。


「其方らも今しばらく、このままで。

 良い夜だ、このような折にならば、

 わしも歌いたくなろうというものよ」


そう言うと椅子に掛け、

皆々と最後まで楽しんでいった。



後日王羲之おうぎし王導おうどうさまと話した時、

庾亮のこの振る舞いについて触れた。

すると王導さま、こうコメント。


「あの庾亮をしても、

 風雅を得てしまった夜であったか」


王羲之も答える。


「あのお方のお心には、

 いつでも丘陵が存しているのでしょう」




庾太尉在武昌,秋夜氣佳景清,使吏殷浩、王胡之之徒登南樓理詠。音調始遒,聞函道中有屐聲甚厲,定是庾公。俄而率左右十許人步來,諸賢欲起避之。公徐云:「諸君少住,老子於此處興復不淺!」因便據胡床,與諸人詠謔,竟坐甚得任樂。後王逸少下,與丞相言及此事。丞相曰:「元規爾時風範,不得不小穨。」右軍答曰:「唯丘壑獨存。」


庾太尉は武昌に在り。秋の夜、氣は佳く景は清し。佐吏の殷浩、王胡之の徒、南樓に登り理詠す。音調の始めて遒たるに、函道中に屐聲の甚だ厲たるの有るを聞く。定めし是れ庾公なり。俄にして左右に十許りの人を率い步き來たる。諸賢は起ちて之を避けんと欲す。公は徐ろに云えらく「諸君少しく住まるべし。老子、此の處にて興ぜるに、復た淺からじ」と。因りて便ち胡床に據し、諸人と詠謔し、竟には坐、甚だ樂しみに任ずるを得たり。後に王逸少の下れるに、丞相と言いて此の事に及ぶ。丞相は曰く「元規、爾の時にては風範小しく穨れざるを得たらんか」と。右軍は答えて曰く「唯だ丘壑のみ獨り存す」と。


(容止24)




 中央から脱して、肩の力が抜けたんですかね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る