苻堅1  天步屯蹇    

前秦 宣昭帝 苻堅ふけん 全5編

既出:孝武2



淝水ひすいの戦いののち、

前秦ぜんしんから東晋とうしんに降った

前涼ぜんりょうラストキング、張天錫ちょうてんしゃく

この人の才覚は多くの人に愛されたが、

中でも王坦之おうたんしには、

非常に高く買われていた。


ある時王坦之が、張天錫に問う。


「貴方はこれまで、

 東晋に逃れてきた人たちの

 暮らしぶりを眺めて来られた。


 そこに何か、中原と比べて

 優れたところはあっただろうか。

 また、今の若い人たちで、

 優れた者はいるだろうか」


「深淵なる理を求める気持ちは、

 王弼おうひつ何晏かあんの頃から変わらず、

 時勢に合わせた統治のありようは

 荀顗じゅんぎ荀勖じゅんきょく樂広がくこうのようであります」


素晴らしい。

実に何も言っていないに等しい。


とは言え、その知見の深さそのものには

感心せざるを得ない。


王坦之は続けて聞く。


「貴方の知見はこれほど豊かなのに、

 何故前涼は、苻堅の為されるがままに

 なってしまったのだろうね」


「陰陽が巡るように、

 趨勢は押し留められる

 ものでもありません。

 天の運行がひとたび滞ってしまえば、

 えきに言う否、剝の象が現れましょう。


 『否』とは、君子の行いが

 すべて無為に終わる象。

 『剝』とは、君子が賤人によって

 敗亡の憂き目にあう象。


 私に何ができたでしょう。

 私の罪をとがめられたとて、

 最早どうしようもなかったのです」


 


王中郎甚愛張天錫,問之曰:「卿觀過江諸人經緯,江左軌轍,有何偉異?後來之彥,復何如中原?」張曰:「研求幽邃,自王何以還;因時脩制,荀樂之風。」王曰:「卿知見有餘,何故為符堅所制?」荅曰:「陽消陰息,故天步屯蹇;否剝成象,豈足多譏?」


王中郎は甚だ張天錫を愛す。之に問うて曰く「卿は江を過ぐる諸人の江左を經緯せるを觀る。軌轍に何をか偉異有らんや? 後來の彥は、復た中原とでは何如?」と。張は曰く「幽邃を研求せるは王、何、より以て還ず。時に因りて脩制せるは荀、樂の風あり」と。王は曰く「卿の知見に餘有り、何の故にか符堅に制さる所と為らんや?」と。荅えて曰く「陽が消さば陰が息す。故に天の步むるの屯蹇あらば、否や剝の象の成れるあり。豈に多くを譏らるに足らんや?」と。


(言語99)




苻堅(「崔浩先生」より)

凋落した稀代の名君と言う扱いであるが、ポスト淝水の行いが非常にマッドであることを考えれば、暴君として名が知られる苻生ふせいをクーデターで倒すまでの流れも徳行に基づいたものであると無邪気に信じるのは少々厳しい所がある。理想に敗れた、と言う従来の通説は、美しい物語ではあるが美しすぎるため棄却したい。何にせよいくらでも叩けば埃が出てきそうな名君であり、後日彼の戴記は腰を据えて読み込んでみたいものである。


王弼

何晏と一緒に玄学を立ち上げた人、という事になっている。という事は清談の元凶の一人である。曹爽何晏の処刑に際して罷免された。


楽広

西晋代に活躍した、能吏にして清談の達人。そういうことです。



やべえ。これ張天錫マジで死ね案件だ。先王殺して王位についときながら何言ってやがんだこいつ。言ってることもほぼ当時のテンプレコピペだし。

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